お見舞い
「ううううっ、はぁ。苦しいわ……うぅっ」
「アイリンっ、大丈夫か!?」
「どうして、こんなに苦しんでいるのにお見舞いがお父様だけなのよっ!!!! はぁっ、ぐっ……」
「ウェイド君にも手紙を出しているから、きっとすぐに……」
「ああぁぁぁっ!!!! 早く来ないと死んでしまいそうだわっ!!!! あんな……中身のない侯爵の女になんか構っていないでさっさと来るように言ってよ!!!!」
「アイリン……」
「失礼致しますっ、リドル家よりお見舞いにとご面会のお通しの許可を……」
ようやく来た知らせに、父であるダガレ殿下は安堵する。愛娘があのパーティの夜から原因不明の高熱と息苦しさに苦しみ、王室の医師ですら手の施しようがない。食事も水分も拒否する娘が唯一、ウェイド公爵に会いたいと切望していたのだ。
「早く通せ」
「はぁ、ウェイド様……ようやく……っ!?」
「……失礼致します。アイリン殿下、体調が優れないと聞きましたのでお見舞いにと参りました」
「これはっ……」
ダガレ殿下も驚く。陛下に頼んだのは確かにウェイド公爵のはずだった。だが、一緒に来るどころか目の前にいるのはその婚約者であるカレン1人だったのだ。
「……どういうことですの。お父様……」
「いや、そんなはずは……」
「この役立たっっ!?」
出されていた白湯を入れたコップを投げようとしていたアイリン殿下の手を握る。
「何をっ!? 無礼をっ、うっ、ごほっ、ごほっ」
「……ダガレ殿下。どうか、2人での面会をお許し頂けませんか?」
「しかし……」
憔悴した娘と2人にさせることに迷うが、たった今、その愛娘から攻撃されかけたのだ。口は悪くても、実際に自分に危害など初めてのことだった。
「……分かった」
父が退室したことに信じられず、つかまれていたその手をふりほどく。
「嫌よっ。さっさと連れ帰って!! うっ……っはぁ。誰か!!!!」
「アイリン殿下……その苦しみは、殿下自身が招いたことだと言ったら、信じていただけますか?」
「〜〜っ、何を……」
「この包帯の下を、ご覧になられましたか?」
あの日、殿下の手当てと見せながら術をしたと思われる右手の包帯を外す。
「っ!?」
そこには、何人もの人間の手形のような黒アザが腕にかけて這うように浮き出ている。
「これ……は…」
さすがにゾッとしたようにソレを見る。
「……殿下、恐れながら。私にいくつもの刺客を送られましたね」
初めは、リドル家の夫人としてふさわしくないことを目的としたのだと思っていた。だが、強引に目覚めさせ自白させられた男により、あの晩、貞淑を奪う手段は生死を問わないと命令されていたことが分かった。ニーナ夫人の件でも、毒の瓶も一緒に用意されていたのだ。万が一、ニーナ夫人が食べるのを拒んだ時はお茶にそれを入れられるように。
「…………知らないわ」
「殿下……私は謝罪に来たのです」
「っ、謝罪?」
「愛しているのであれば、身を引くべきだと申しました」
「?」
「あれは、訂正致します。愛している人を諦めるなんて……残酷なことを言いました」
もし、私がウェイド様を諦めろと言われたら? そんなの……
「……私も、ウェイド様をお譲りする気などございません」
手袋を外し、左手にはめた指輪を見せる。
「っ!! ぐっ、うぅっ……」
怒りが頂点に達したのだろう。包帯から飛び出す勢いでアザは心臓にめがけ伸びていく。
「……殿下。今日は、私1人で来たわけではありません」
「っ!? っ、ウェ……イド様……」
公爵の登場に、アイリン殿下は手を差し伸ばす。
「くっ、苦しいの……手を……握って、はぁっ」
「…………」
公爵は仮面と呼ばれる表情のまま返事もしない。
「どうして……」
「ラシェード侯爵、クライダ侯爵、ユイード侯爵、タニダ侯爵、ノルニダ侯爵、サシェ伯爵、モンハナ伯爵、ヤマラ伯爵……」
「?」
「分からないか? 皆、僕に好意を寄せて近づいたという理由だけで、悲惨な事故に巻き込まれたご令嬢達の父親達だ」
「なっ……」
「王族に不十分な証拠で訴える者などいない。だが、今回一声かけただけでどれほどの家が証言を名乗り出たと思うか?」
「…………ごほっごほっ、うっ……こんなに……苦しんでいる私に、なんてひどいお言葉……ふふっ、陛下もきっと……あわれんで下さるわ」
「リドル家の、いえ、この国の最高医師である私が殿下の治療に全力を注ぎましょう」
ヤドラ医師がドヤ顔で入ってくる。
「っ!?」
「殿下、このアザは殿下自身が過去にしてきた行いの報いでもあります」
ここへ向かうまでの道中、ヤドラ医師は今回の術でアイリン殿下自身の生き霊が他の執念の力を増している可能性を言っていた。
つまり、アザの急成長を止めるには殿下の歪んだ想いを止めさせることが1番のはずですわ。
「何を……」
殿下の様子から、もう大声を出す余裕もない状態だと分かる。
「…………私は、ずっとお慕いしている方がいました」
「…………」
「でも、大切な友人に、それは愛とは違うものだと気付かされました。言葉を直接交わさなくても、その姿を思い浮かべるだけで元気になれるのが推しならば、愛は近くにいても分かり合えず、話していてもすれ違いが起こるややこしいものです」
「…………」
「それでも、愛し合えることは奇跡です。殿下のそれは、相手を不幸にさせています」
「このっ……何をっ」
動くことも辛いはずの身体で、怒りでベッドの横にある置き時計を手にとる。
「っ!!」
投げられたはずの時計は、とっさにカレンをかばった公爵の頭にあたり、血が流れる。
「ウェイド様……どうして……」
アイリン殿下が知る公爵は、冷酷なことでも全体の利益を考える男だ。それが上に立つべき者の道理だと、それを理解出来るのは同じく選ばれた自分だと自負していた。
なのに、なぜ、その女をかばったのか。そして、自分など見ず、仮面の公爵とは思えない優しい眼差しを向けている。あのパーティの時、この女がお慕いしていると言った時と同じ顔だ。あの時は見間違えだと思おうとしたが、今目の前で、自分には向けたことのない表情をしている。
「大丈夫か?」
「ウェイド様、血が……」
「問題ない。腕でほとんど衝撃は防いだつもりだったのだが……少し当たっただけだ」
「すぐに手当てを……」
「…………」
「アイリン殿下、公爵様および公爵夫人への危害は覆しようがない事実ですよ?」
ヤドラ医師の言葉に睨みつけるが、明らかにアザの侵攻が止まっていた。




