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公爵夫人


「それはどういう……」


「お時間でございます」


 ミクリが思わず自分の立場を忘れてしまっていることに慌てて気づく。


「はっ、大変です!! 私たちが来ていることを気づかれたら、カレン様のご意向を無下にしてしまいます。ニーナ伯爵夫人、戻りましょう」


「えぇ。ではカレン様、あとは心のままにですわ」


 ニーナ夫人にそっと手を握られ、別れを告げる。




  


「あの、ウェイド様のところへ行きたいのですが……」


「承知致しました。おそらく長い時間お湯に入られておりますので、バルコニーで休憩されているかと。ご案内致します」



 そう言って案内されたバルコニーには、星を眺めながら何か考え事をしているように休む公爵がいた。いつのまにか案内してくれていた使用人はいなくなっており、そっと公爵のもとへと向かう。


「ウェイド様……」


「っ!! カレッ……」


「あの、先ほどはすみませんでした」


「いや、それは別にいい。それより……」


 公爵はカレンの肩に手を置く。


「離れないでくれ」


「え?」


「君に……誰か想う人がいるのは分かった。だけど、僕がずっと好きなのはカレンだけだ。急な婚約で信じられないかもしれないが、ずっと君を慕っていた。宝石もドレスも……一流のものが手に入るたびに君に贈りたいと集めていた。だけど、これだけはサイズが分からないと無理だから時間がかかっていたんだが」


 そう言うと、ずっと持っていたのかポケットから小さな箱を取り出す。


「これは……」


「色々考えたが、僕が君に気持ちを伝えるためにもわっぱり渡しておきたかった。この先、僕より好きな人がいるのだとしても……譲る気はない。必ず後悔は……いや、こんなに何度も怖い思いをさせては逃げたいと思うかもしれないが……リドル家の全ての力を使って守ると誓う」


 手を取ると、指輪をはめていいか許可を待つようにこちらを見る。


「ウェイド様……私も、お慕いしています」


 不安そうにしかめていた眉が下がり、いつもカレンにだけ向ける甘い微笑みの表情でそっと指輪をする。


「色が……」


 真っ白だった石の塊が光ると、透明な輝きを放つ宝石へと変わる。



「君への想いが変わることはない」


 公爵らしい意思の強い、まっすぐな想いが伝わってくる。


「私も誓います。あなたの隣から離れません。私が愛しているのは、ウェイド様お1人ですわ」




 満点の星空で、公爵がくれた指輪に誓う。




















「おはようございます。公爵様、次期……いえ公爵夫人」


 左手の指輪に気づき、ヤドラ医師は今までよりも深い角度で挨拶をする。


「他の方は?」


 どうやらヤドラ医師1人でこちらへ来たようだ。


「あぁ、僕が彼を呼んだんだ。ちゃんと話をしないといけないからね。先ほど、陛下よりアイリン殿下の病状を知らせる手紙も届いた。人の気を引く為かと思ったが、どうやらそうでもなさそうだからね……さぁ、ヤドラ。全部話すんだ」


「なんのことだか……」


「命令だ」


「……しょ、承知致しました」


 笑顔のはずなのに、怖すぎますわ。


「どういうわけか、今回の王都での行動ではなぜか君だけが全てを知っている気がしてね。この僕よりも」


 最後をやたら強調している。


「ええとですね」


 こちらを見ているが、ニーナ夫人を巻き込んで自白剤を飲まされた以上助けるわけにはいかない。


「実は公爵様にはお伝えしていませんでしたが……アイリン殿下からの思い入れは相当なものがございまして、それはいわゆる、非科学的な現象として公爵様の身体を害しておりました」


 まさか、ありのまま言うなんて。命令には逆らえないようね。私はアレを見せられたけど、どうなったのかしら……


「非科学的な現象?」


「公爵様に取り憑いていた女性たちの、主に殿下の生き霊を一度私の身体に移すことには成功したのですが……想像以上にむしばむものですから、公爵夫人にお願いし、公爵様への関心を他へ向けるように協力してもらったのです」


「……ふむ。それで、成功したのか?」


「はい。そのせいで公爵夫人と伯爵夫人を巻き込んでしまったことは深く反省しております」


「そうか」


 えっ!? えっ!? 信じますの? そういえば、ヤドラもこの話をしなかったのは信じてもらえないというより、余計な心労をかけたくなかったからだったわ。命令への忠実さはお互い信頼しているってことですわね。


 想像以上に話がスムーズに終わり、むしろカレンの方が拍子抜けした。


「あの、それが殿下の体調不良とどう関係が?」


 ヤドラ医師が生き霊を話した日、結局その方法を見るのは破廉恥だと断ったが、まさかアイリン殿下にそのような方法を試せたとは思えなかった。



「血でございます」


「血?」


「東洋の書では、血を使った様々な技術があるようでして、生き霊返しについても、血液に特殊な文字を書いた紙や布を混ぜたんですよ」


 あの時、アイリン殿下はグラスの破片で怪我をしたように見えたが、おそらく興奮している状態の殿下の手をわざと出血させたのだろう。


「医師として対処する口実づくりだと思っていたが、そんな小細工をしていたのか」


 どうやら公爵もわざと怪我をさせたことには気づいていたようだ。


「なら、どうしてわざわざ下半身に……」


 そこまで言うと公爵の表情が凍りつくのが分かる。


「…………見せたのか?」


「まさかっ!! とんでもございません。私がそこに傷をつけたのは、万が一にも人目に触れないようにと考えただけのことでして。公爵夫人にそのような場所をお見せするなど、この腕に誓って致しておりません」


 それは、カレンが断ったからというのは言わないことにする。


 これで、ヤドラへの貸しが出来ましたわね。


 さすがのヤドラ医師も、笑顔がひきつっている。


「本当ですわ。何も見ておりませんわ」


 見せられていないという言い方はわざと避ける。


「……なら良い。彼女には公爵夫人として常に接することを忘れるな」


「もちろんです。それに、私は大聖堂での儀式よりも、お2人の誓いこそ意味あるものだと理解しておりますので。奥様はもう公爵夫人でございますよ」


「…………」


 ヤドラ医師の言葉にようやくいつもの公爵に戻る。


「陛下より、正式な裁判の為にも彼女の体調回復が優先だと書いてあった。出来るか?」


「それはどうでしょう。何しろ、殿下自身が苦しめている状況でございますから」


「それは……陛下にも報告しづらい内容だな」


 さすがに陛下にまで生き霊の話は通用するとは思えないのだろう。公爵はこのまま放置しても問題ないと思っているようにも見える。


 そういえば、生き霊の乗り換えが成功したということは、殿下の執念が私に向かっているってことですわよね。


 命をもおびやかすほどの殿下の敵意が本当に自分に向けられていたらと思うと、ゾッとしてしまう。



 でも、このままではダメな気がしますわ。


「ウェイド様、1つだけお願いがありますの」



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