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直接対決

 王都で見る珍しいデザートにはしゃぐニーナ夫人。デザートのお皿を取り分ける係に、ピーナッツが入っていないか確認する。


「こちらは……」


「私が説明するわ」


 先ほどまでの圧が嘘のように、笑顔で近づくアイリン殿下に思わず後ろに下がりそうになる。


「いえ、殿下にそのような……」


 恐怖で震えるニーナ夫人の前に立つと、すぐにエル伯爵を目で探す。


 子ども?


 年は4つか5つくらいだろうか。小さな女の子がエル伯爵の裾を握りしめ、泣いているように見える。格好はきちんとしており、どこかのご令嬢なのだろうが、なぜこのタイミングで迷子が……



 エル様……あああ、困ってらっしゃるわ。


 身分やお金のあるなしに関係なく、誰にでも親切にするその振る舞いが、お金のない侯爵令嬢として孤立していたカレンが惹かれたきっかけだった。たかが伯爵のご子息、彼が流行の服をいつも着ていないと笑われても、振る舞いと中身があってこその紳士だと、嘲笑する者たちの前で難読と言われた詩を暗唱してみせた。その姿に、魅せられた。




 分かっています。お優しい貴方なら助けを求めている子どもを突き放すなんて出来ませんわね。


 すぐにはこちらに戻ってこられない。そう確信した時、アイリン殿下が話かける。


「あら、私のパーティですもの。新しいお客様にはおもてなしをさせていただくわ」


「殿下、私達へのご配慮感謝致しますわ。ですが、彼女は口に出来ない食べ物がありますので、せっかくのご好意を無下にするのも申し訳なく……」


 殿下が差し出したものを食べれないと言えば不敬を働いたと侮辱罪を問われるかもしれない。食べられないものがあると先手を打っておく。


「あら、そう……それは大変ね」


 ん? 思ったよりもあっさりと受け流しますのね。アレルギーなんて、ほとんど知られていないから、好き嫌いとか言われることが多いはずですのに。ましてや、殿下なら彼女の症状は熟知しているはず。


 あの日、ニーナ夫人が吐き出したかけらで調べたところ、用意されたお菓子の中に入っていたピーナッツの成分は、通常よりもかなり多かった。


 下手をすれば彼女は命に関わるほどの量でしたわ。それを知ってあんなことする人が、大人しくするはずがありませんわ。


 ニーナ夫人やエル伯爵には、裏切り者がピーナッツを大量に入れ、巻き込んでしまった謝罪をした。そして、今後の作戦についても話をし、公爵からの提案を快く受け入れてくれたのだ。


 ですから、ニーナ夫人は私が守ってみせますわ。


「……この菓子は確かナッツ類は使われていないはずだけど、もし心配であれば飲み物だけでも受け取ってくれるかしら?」


 そう言うと、アイリン殿下は空のグラスに、シャンパンを持って来させる。


「聞いたわ。あなたのご主人……ブラン伯爵はウェイド様の領地を任されているそうね。もし彼が上手く管理できれば、国が誇るリドル家の領地を仕切る者として、爵位を新しく与えることも考えるわ」


 ニーナ夫人が顔を上げる。カレンよりも貧しく苦しい生活をしてきたであろう彼女には、爵位がどれだけ重要か身にしみているはずだ。妻として、その邪魔立ては絶対に出来ない。


「殿下……お気遣いありがとうございます。ご挨拶が遅れて……申し訳ございません。ニーナ・ブランと申します。お心遣いいただきます」


「まぁ、ニーナさん。可愛らしい方ね。確か恋愛結婚されたとか? 羨ましいわ。愛する方と添い遂げるなんて、レディの憧れよね」


 笑顔でグラスにシャンパンを注ぐと乾杯と軽く持ち上げ、殿下が先に口にする。


「これは特別なお客様のためにだけ出すものよ。お近づきの印にどうぞ召し上がって」


「ニーナさん、私がまず……」


「〜〜っ、いただきます」


 わざとカレンにはグラスに注ぐタイミングをずらし、夫の将来を思うなら飲めと圧をかけている。


「ーーーーごくんっ」


「お口に合うかしら?」


「……はい」


 何か仕掛けている!? 


 とりあえず何も起こらないことに安堵する。

 


 いいえっ、自分の欲しいものは卑怯な手を使ってでも手に入れようとする人ですわ。これ以上の関わりは危険なはずです。


 ようやく注ぎ終わった自分の分のグラスに口をつける。少量を舌でころがし、一見、味を楽しむように。実際はお酒以外の成分が入っていないかの確認を慎重に行う。


 これは……


「殿下、そういえば最近、貴婦人たちの間である香水が流行っている話をご存知ですか?」


「あら、そうなの」


 ニーナ夫人に対する態度とは反対に、カレンには目も合わさず興味なさげに返事をする。


「はい。当然、流行の最先端の殿下であれば聞いたことがあるかと思いますが」


「……そうね」


「実はあの香水には麻薬の成分が入っているという噂まであるんです。なので、もしそれがより吸収の強いお酒に入っていれば、それは意図的に誰かが中毒症状を狙ってということになります。もしそれが公になれば……」


 ガシャンッ


 ボトルが床へと落ちる。正確には、アイリン殿下が目の前でシャンパンの乗ったトレイごとはねつけたのだ。


「あら……せっかくのおもてなしが残念だわ。ごめんなさいね? 私ったら新しいお友達につい喜んでしまって、浮かれてしまったようだわ。せっかくだし、その注いだ分は飲んでくれるわね? とても貴重なものだから、是非特別なお2人には最後の一滴まで味わって欲しいのよ?」


 アイリン殿下もあえて一口飲んで見せた。


 それなりに量は薄めているはずですわ。でも、この一杯を飲めば多少の影響は出るはず……


「……えぇ、殿下。頂きますわ」


「はい。とても光栄です」


 カレンの返事にニーナ夫人も続ける。殿下の反応に、カレンと同じ行動を取ることを選択したようだ。


 離れたところでは、シャンパンの瓶が割れる音に、エル伯爵が焦っているのが分かる。


「あぁ、そうですわ。アイリン殿下にもう1つお伝えしたいことがありましたの」


 2口目を飲む前に、勝負にかかる。


「何かしら?」


「私、今度ウェイド様と領地で私たちなりの式をするつもりなんです」


「…………あら、そうなの。でも、残念だわ。リドル公爵家がそんなおままごとみたいな真似事をするなんて」


「はい、私もそう思ったのですが、ウェイド様がどうしても領民に早く紹介したいと言ってくださって」


 アイリン殿下が不愉快そうに指を動かしているのが分かる。


「…………だけど、所詮は真似事ね。意味がないわ」



「そんなことありません」


 意外にも、ニーナ夫人が声を出す。


「……なんですって?」


「先ほど、殿下はおっしゃいました。愛する方と結ばれることは憧れだと……」


「…………」


「まだお見合いが多いですが……カレン様達はその中でお互いとても愛し合っていらっしゃいます。大聖堂での2人だけの誓いも神聖ですが……たとえ正式でなくともお互い大勢に囲まれて誓いを披露するなど……とてもロマンチックです」


「ニーナさん……」


 愛し合っていると確信づいたように思われているところが申し訳なくも思うが、妙に説得力のある物言いだ。


「弱小男爵ごときの小娘が、何をえらそうに……」


 殿下が割れたシャンパンの破片を手に取り、それを片手にニーナ夫人へビンタしようと手を振り上げる。


「危ないっ!!」


 

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