雇われ侍女
「っ!!??」
「ですから、怒らないでください……」
「いやっ、怒っているわけでは……」
「いいえ、急上昇した血圧、脈拍ともに最高値を記録しております。更にいつもの口調よりも0.2秒遅いのは怒りを隠すにも隠しきれていない1つの特徴と言えますので、公爵様は確実に怒っておりました」
急に横から口を出すヤドラを片手で押さえつけると、カレンの肩をそっとつかむ。
「すまない。本当に、君に怒ってはいないんだ。ここは……あまりいい場所ではない。それに、今は誰が信用出来るかも分からない状況で……」
「えぇ。ですがウェイド様だって体調が悪いではありませんか。私だけ休むなんて出来ませんわ」
緊迫した空気の中、公爵の顔を見て安心したからか、思わず少しだけ涙ぐんでしまう。
「大丈夫だ!! ほら、ヤドラっ、それは僕の風邪薬だろう?」
「当然でございます。この私が体調を崩された公爵様のもとへ手ぶらで会いに行くわけがございませんでしょう。しかし、常々お伝えしておりますが、薬が全てではありませんのできちんと身体を休まなければ……」
ヤドラが手に持っていた薬を取ると、目の前で一気に飲んで見せる。
「っ、どうだ? これで安心しただろうか?」
「ふふっ、少しは」
いつもの公爵の様子に安心するカレンに、ようやく本題に入る。
「それで、どうしてここに?」
「ええと、ウェイド様にお願いがあるんです」
「お願い?」
「はい……ウェイド様の言うとおり、王族の……アイリン殿下が黒幕なのでしたら、結婚式は許可がおりませんよね?」
不自然に許可が降りない大聖堂での誓い。アイリン殿下がカレンを蹴落としてでも公爵の妻の座を狙っているのであれば、こちらからしかけるしかない。
「それは……」
周囲を見渡しながら、公爵はカレンの口元に静かに手をかぶせる。
「むが……」
「カレン、屋敷内でも今は証拠もなしに殿下の名前を出すものではない」
もし、今の発言がもれれば、先に王族侮辱罪になってしまう。カレンが頷くのを確認すると、ようやくそっと手を離した。
「……すみません。それで、思ったのですが、いっそ領地で誓いをするのはいかがかと」
「領地で?」
「はい。もちろん、大聖堂でなければ正式な夫婦にはなれませんが、領民に私が次期公爵夫人になるのだとお披露目を先にしてしまうのです」
「それは……そうではあるが……」
大聖堂で行う誓いを大勢の前ですれば、さすがに殿下も黙ってはいられないはずだ。大胆なアクションを起こすなら、怒りの対象をカレンに向けるなりするはずだ。
「しかし、このタイミングでするには危険では……」
「ですから、先に王都のパーティへ参加致しませんか
?」
ウェイド公爵が王族からのパーティを避ける話は有名だ。それを逆手にとって、アイリン殿下との熱愛を溺愛している父、ダガレ殿下に隠すためではないかというデマが流れたくらいだ。
「なぜそのような危険を……目的もまだはっきりしていないだろう」
「いいえ」
「?」
公爵の目の前まで近づくと、そっと頬を両手ではさむ。
「そんなの、あなた様に決まっていますわ」
しばらくして、公爵が自ら呼び入れた以外の使用人達が次々に解放されていく。
「もっと時間がかかるかと思ったけど、どれも簡単な質問で意外でしたわ」
「私も……あんなことが続いたのに、こんなに早く解放されるなんて、ご主人様は思ったよりも冷たい方ではないのかもしれないわね」
思いのほか早い解放に、皆安堵している。
「さっき聞いたけど、カレン様が私たちを早く出してくださるように説得してくれたそうよ」
「ええっ、ご自身が狙われているかもしれないのに……」
そしてこの件にカレンからの強い進言があったことがすぐに広まり、彼女に感謝する侍女が増えるきっかけとなった。
「あの、カレン様。本当に外出されるのですか?」
あれからヤドラの薬が効いたのか、それとも慌ただしくも想定よりも早く落ち着き戻りつつある日常への安堵感からか、ミクリの様子も以前のように戻っていた。
「えぇ。気分転換に王都へ行きたいのよ。それに、ウェイド様とヤドラが捕らえた者のごうも……自白のおかけでこれ以上の共犯者もいないようだし、殿下のパーティなら警備も安心でしょう?」
「……そうですね。でも驚きました。まさか、1人は本当にただの記者だったなんて!! 確かに細すぎて、私でも倒せそうですもんね」
「ふふふ、そうね」
笑っているが、殿下が絡んでいるのであれば、使用人1人に全ての計画を教えている方が不自然だ。実際、捕らえられた侍女が強力な自白剤で吐き出した内容はわずかだった。
報酬目当てにリドル家の、特に私の情報を逐一報告すること。
ただし雇い主が誰かは本当に知らず、情報を紙に書いては毎朝行き来する業者の荷車にこっそりと運ばせていただけだった。彼女も取り潰しになった貴族に仕える侍女の1人で、自分勝手な貴族へ恨んでいるところをつけこまれたのだろう。
次に、私を襲った不届き者に飲ませた薬は、それがまさか命に関わるほどのものとは知らず、ヤドラ医師がいなければ暗殺にまで加担するところだった。いよいよ自分が恐ろしいものに関わっていることに気づいたがもう遅い。指示に従わなければ、今度は口封じに自分がやられると思ったのだとか。
そして、あの細男は本当に記者だった。いつものように、硬貨とともに差出人不明の指示書で、フリーの記者をスクープがあるからと呼び寄せただけのようだった。




