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医師の誓い

「…………ですが」


「公爵夫人には最大限の敬意と礼儀を、ですよね? 騎士精神を出しましょう。こんな暗くて狭い階段で、レディをいつまでも立ち止まらせるのはいかがなものですか?」


 風向きが変わったのが分かる。ヤドラ医師の言葉に、一度カレンを見ると困惑する。暗くて見えにくいが、決して綺麗とは言えない階段のせいで、ドレスの裾には汚れがついているはずだ。



「…………」


 これ以上困らせるのも可哀想ですわ。私もこの先を進むのは少し……

 

 灯りがついているはずなのに、この先の階段は更に真っ暗に見える。更に、新鮮な空気はどんどんなくなっていき、息をするのも肺に重くのしかかる。


 地下室への階段に入る時も護衛達が戸惑っていたわけですわ。


 


「どうしてもウェイド様にお伝えしたいことがあるの。私は上で待っているので、声をかけてきてくれるかしら?」


 それならば、誰もこれ以上侵入させてはならないと言った公爵の言葉を破ることにはならないはずだ。すぐに了承の返事とともにいなくなる。


「よろしかったので?」


 ヤドラ医師が少し残念そうに上へとまたエスコートする。


「あなた、私をどうしても地下室(あそこ)へ連れて行きたかったのね」


「あちらには共犯者がいる可能性もありますからね。公爵様のもとへかけつけ、仲睦まじくしているご様子を見せつければ、主人にもそのご様子が伝わるかもしれませんでしょう?」


 やっぱり、例のことがからんでいるのね。先ほどの護衛がいなくなったのだから、今聞いても構わないわよね?


「そのことがどうして解決につながるのかしら?」


「……あくまでも予測ですが、生き霊は執着心から生まれるでしょう? ですが一度とりつくとなかなか離れなくてですね。こちらが離すのは不可能でしょう」


 そういえば、ヤドラ医師の身体にはびっしりと巻きつくようにソレがアザになっていた。


「それならば本人自らその対象を変えてもらわなければいけません。そうすると……ね?」


 ね? って、まさか……


「私に標的を変えるつもり?」


 この男は、他の者には公爵夫人と同様に扱えらと言いながら、この私を囮にするつもりなのですねっ!?

なんてことっ!?


「誤解です!! ただ一瞬、私から離れれば良いだけなのです。公爵様から私に乗り換えさせたことには成功しましたでしょう? ただ、今の私の身体には深く入り込みすぎまして……ですから、一瞬で良いのです。私の身体からわずかに関心が離れるだけで別の対象に乗り換えさせられますので」


 確かに、ウェイド公爵から自分には成功させている。ということは、無鉄砲なお願いでもないのかもしれないと考えなおす。


「ちなみに、その乗り換えの方法はどうやるのかしら?」


「ふっ、聞きたいですか? いえ、聞いてくださいますか?」


 いつにも増して顔を高揚とさせ、両腕は今にも服を脱ぎ出そうとしている。呼吸もなぜか荒くなり、なぜ今一度その答えを言っていいか許可を取るのか。想像しただけで淑女としての警報音がなる。


 上半身は、この前見せつけられた。その時はアザ以外に特に何もなかった。ということは……


「……やっぱりいいわ」


「……そうですか。まぁまたご希望があれば説明いたしますね」


 残念そうに手を下ろす。


 いえ、おそらくもう二度と聞くことはないですわ。


 ヤドラ医師はしばらくカレンを見ると、少し真面目な表情をする。そして、騎士が主君に誓いを立てる時と同じように、膝をつき、頭を下げる。


 「私の医師としての全ての名誉にかけ、次期公爵夫人に危害が出ることは絶対にありません。どうか、お力を貸して頂けますでしょうか」



 医師としての名誉、短い期間ではあるが、彼にとってそれがどれだけ重要なことかは分かる。


「……分かったわ。あなたの作戦、協力するわ」


「っ!?」


「でも、私もまわりくどい方法は嫌よ」


「はい?」


 私の大切なエル様を少しでも悲しませるようなことをした彼女達を許せないわ。それに、ニーナさんは私の初めてのお友達よ。危害を加えた制裁、王族だろうが関係ありませんわ。何より、ウェイド様を傷つけたこと、きっちり償ってもらいますわ。



 屋敷内で裏切り者が出た件で、公爵はきっとショックを受けているはずだ。スキャンダルがご法度なリドル家で、全ての使用人を入れ替え、信頼で固めたはずの場でこのような不祥事は許されない。


「レディにはレディのやり方があるのよ?」


 いつもとは違う。ヤドラ医師が固まり、カレンが笑う。





「カレン? ここにどうして……」


「ウェイド様、忙しいのにごめんなさい」


「ここは君が来るような場では……」


 汚れたスカートに気づき、公爵の顔色が変わる。


「ヤドラ……彼女を連れてきたのは君か?」


 すぐに返事をしようとしたらヤドラが言葉を飲み込む。公爵の雰囲気がいつもよりも重い。


 血圧が……公爵様の血圧が急上昇されている。裏切り者が出た時ですらここまで高くなっていなかったというのに。


 仮面の公爵、そんな噂を聞いた時、こんなにぴったりな呼び名はこの方の他にいないと感心したものです。どんな状況でも常人よりも落ち着いた血圧、脈拍、呼吸数。まさに上に立つに相応しい方だと思っていましたが、次期公爵夫人を迎えてからというものどうでしょう。一体どれほど連日で最高心拍数を叩き出していることか。


「公爵様、あの、落ち着いて下さいませ。そのように興奮されては、お熱が上がってしまいます。それに、ここへは細心の注意をはらってご案内いたしましたし……」


「だからなんだ?」


「そっ、そのように怒りをあらわにされては、ほら、次期公爵夫人も怖がってしまいます。公爵様を案じてきたのですから」


「っ………」


 カレンが怖がるという言葉で、一気に公爵が冷静さを取り戻したのが分かった。


「ウェイド様……どうしても早くお会いしたかったんです」



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