誰の命令
詳しく聞く前にドアがノックされる。
「失礼します。カレン様?」
「っ!! ミクリね。どうぞ入って」
まだ半日ほどしか経っていないというのに、いつも元気な彼女がげっそりとしている。
「大丈夫?」
「あっ、申し訳ありません……問題ありませんっ」
慌てて頬をたたき気合を入れているようだが、明らかに疲れている。
自分の管轄から裏切り者が出たのだから仕方ないですわね。他にも仲間がいるかもしれないって再度全員を調査するわけですから、辛いでしょうね。
「ええと、カレン様の身の回りの業務に戻るようにと。それで、食事の準備が出来ましたので……もちろん毒味を全て終えてますので冷めてしまっていますが……」
おそろくは、これ以上侍女の取り調べに立ち合わせるのは酷だと判断されたのだろう。屋敷の中に裏切り者がいると分かった以上、共犯者がいれば強硬手段に出る可能性も否めない。公爵の言った通り、今まで以上に厳戒態勢で備える必要がある。
「いただくわ。ありがとう……ウェイド様は……」
「……別で召し上がるそうです」
やっぱり……ですが、体調が悪いと言うのに心配ですわ。
「ヤドラ……」
「部屋に戻ってお薬を煎じて参ります。もちろん、疲労回復に効くものも、レディのためにご用意致しましょう」
どさくさにまぎれてミクリの片手をそっとつかみ会釈をする。
「わっ、私は結構で……」
「お願いするわ。ありがとう」
断る前にカレンが返事をした手前、手を振り払うわけにもいかずしぶしぶ、お礼を伝える。
「ありがとう……ございます」
「いいえっ、同じリドル家を守る仲ではございませんか。では、私は一旦失礼いたします……例の件も、宜しくお願いしますね」
最後は小声でそっとカレンにだけ聞こえるように、すれ違いざまにささやいていった。
「っ!?」
いちゃつくって一体、どうしてそれが唯一の解決策になるんですのっ!? そもそも、いついちゃつけば!?
完全に聞くタイミングを逃してしまった。
「カレン様、スープだけではお身体が心配です」
遅めの夕食、考えることが多すぎて食事に集中出来ないでいた。屋敷の中に他にも王族の息のかかった者がいるかもしれない。
なぜ私ではなくニーナさんを狙ったのかしら。もしそれでエル様がリドル家に近づかなくなれば確かに大打撃ですけど、誰にもこの想いは知られてはいないはずですわ。それに、最初のも命をというより、まるで私の世間体を狙ったかのような目的に見えますわ。もしかして……
ニーナ伯爵夫人を招待するための準備はかなり前からしていた。その為、相手側も計画する時間はそれなりにあったはずだ。
もしかして、今回のも彼女に重度のアレルギー反応を起こさせて私の評判を落とすために? そんなことの為にエル様の選んだ方を……ニーナさんを狙ったというの?
姑息なやり方に怒りがこみあげる。
「カ……カレン様?」
「すぐに、ウェイド様のもとへ連れて行って欲しいのだけど」
「それは……」
「お願い。大事な話が……」
「それであれば私と一緒に参りますか?」
声のする方へ振り向くと、ヤドラ医師が布袋をもって立っている。
「ちょうど公爵様の元へお薬を届けに行くところでしたので」
「ですがっ、地下室はカレン様が直接行かれるのは……」
ミクリが少し強めに反対するが、ヤドラ医師は彼女にも瓶を差し出す。
「はい。これは君の分」
「あっ、ありがとうございます……ですが今はそういう話をしているのではなくてですね!!」
「公爵様にお話があるのでしょう? なら早いにこしたことはありません。その方が食欲も戻るでしょうし。君も薬を飲んだら今日は休んでください。これは、リドル家主治医としての指示ですよ?」
そう言うと、ミクリは大人しく引き下がった。おそらく、ドクターストップは絶対なのだろう。
「ミクリ、私からもあなたには休んでほしいわ。私は大丈夫。ウェイド様と話したらすぐに戻るわ」
「はい。カレン様、お気をつけてください」
なぜカレンがあんなにも憔悴し、行かせたがらなかったのか、すぐに分かった。地下室に行くには、護衛兵達が訓練する塔を通っていくのだが、進むほど圧迫感があり、階段の足元を照らす光は頼りない程度だ。行き先が見えない暗さは、果てしない距離を思わせる。
「逃げ出せないという知らしめと、閉塞感が心理的に恐怖感を増してくれるんですよ」
聞いてもいないのに、涼しい笑顔でエスコートするヤドラ医師に、苦笑いを浮かべる。自分で行くと言った手前、あまり怖がる態度は出したくない。
「あの」
「ひっ!?」
急に話しかけられ、思わず小さな悲鳴が出る。暗くて見えなかったが、こんなに狭い階段通路に見張りが立っているなど気づかなかった。
「失礼致しました……カレン様であらせられますよね? ここにはどのようなご用件で?」
体格がいいわけではないが、話しかける直前まで気配を消し、闇と同化していたその護衛は、おそらく初対面であるカレンに敬意を表しながらも、これ以上先に進むには、質問に答えなければ通すつもりはないのだろう。立ち塞がるように立つその態度で分かる。
「えっ、えぇ。ウェイド様に用があって……」
「公爵様からは、誰も通さないよう仰せつかっております」
話し方は丁寧なのに、目には鋭い光をもっているかのようだ。
「でも……」
「公爵様の薬をお持ちしたのです。リドル家の主治医として、すぐに処方が必要ですので」
「いいえっ、公爵様の命令が優先です」
どちらも引かない。
「……公爵様より、彼女にはどのように対応するよう言われていますか?」
しばらく静かな睨み合いのあと、突然ヤドラ医師が疑問を呈する。
「それは……公爵夫人として失礼のない態度を……」
「その奥様がご主人様に会いたいと言っているのですよ?」




