生き霊
そういえば、さきほど投げられたというのに怪我1つしていませんわね。ウェイド様が手加減したのかと思っていましたが、受け身を?
「……なるほど、さすがリドル家だわ」
「……もちろん、体力においては私は彼らに及びませんが、部屋の外にいる護衛がかけつけるくらいまでの時間稼ぎは問題ございません」
その微笑みからして、返事に一瞬詰まったことに何か思うことがあるのだろうが、特に触れないでおく。
「んんっ。ところで、さきほどの東洋についての質問だけど、ヤドラほどではないわ」
「それは当然でしょう」
「…………そうね」
「少しまどろっこしい聞き方でしたね。私がお聞きしたいのは、東洋の信仰といったものにもご理解があるのかどうかです」
「信仰? それは……難しいですわ。お茶や医学の考え方が『気』というものを意識しているのはなんとなく理解はしているけど……」
「おおっ!! 十分ですよ。話が早い。突然このような話をさせてもらったのは他でもなく公爵様のことでご相談があるからなのですが」
「ウェイド様の?」
「はい。少し失礼致します」
そう言うと、突然上着を脱ぎ始める。
「えっ、え、ちょっと!? なぜこの流れで裸になる必要が……」
「ご心配なく、全て見せようものなら公爵様に今度こそ手加減なく投げ飛ばされてしまいますので、上半分だけですので」
「いや、だからどうして……っ!?」
その身体には、無数の濃い手形のようなアザがついている。誰かに殴られたというには、抱きしめられるような跡のつけ方だ。
「ひっ……」
特にその背中には、女性の顔とも思わせるようなアザが出ている。その表情はまるで睨んでいるようにも、泣いているように見える。
「こ、これは……」
「内緒ですよ、公爵様には」
口元の前で人差し指をしーっとするように持ってくる。いつもは長々と喋り倒す勢いだというのに、まるで今にも動きそうなほど生々しい女の陰にも言い聞かせているようにさえ思える。
「これが東洋の流れとどう関係が?」
「前にもお話ししましたよね? 生き霊」
夜中に眠り薬をもらおうと訪れた日の出来事を思い出す。こくりと頷くカレンに、生々しいアトがある人とは思えない爽やかな笑顔で説明する。
「ずっと前にも公爵様が体調を悪くされたんです。ですが、今と違ってこの私が24時間完璧な体調管理をしている中でのお風邪などありえないこと。未知の病原菌であれば周りの者にも同じ症状が出ますが、なぜか公爵様だけ日に日にやつれたように症状が出ていたんです」
「24時間管理……」
思わず、自分がここに来るまでこの男はどういう距離感だったのか。
「それで、当時東洋の本に興味があり、ダメ元で生き霊の可視化という術をしてみたんです。いやぁ、あの時の光景は長く医術に携わってきましたが自分の世界が広がる感動と人間の可能性を思い知らされた瞬間でした」
なぜか感動気味に話すヤドラ医師にどうリアクションをしていいか分からない。
生き霊? 可視化? 一体何をおっしゃっていますの。それに、これは怖い話なのですか? 内容と話し手の表情が合わなさすぎて、話の展開が読めませんわ。
「あぁ、生き霊とは生きた人間の出す執着心から出る霊体……簡単にいえば魂の一部と思ってくだされば」
「魂ですって?」
「生きた人間の気から作られた幽霊ですね。いやぁ、この手の話をすれば医師としての信頼が落ちる可能性がありますので、理解者が現れた時の私のお気持ち、お伝え出来ず残念でございます」
「それで、なぜその話を私に?」
「はい。公爵様はとてもおもてになる方ですから、老若男女問わず色んな方から執着されるのは至極当たり前です。ですが、この女性達……特に背中の方は別格でして。実際、生き霊がどこまで出来るかは分かりかねますが、色んな術の結果、なんとか公爵様から対象を私に移すことに成功致しました。日に日に濃くなるこのアザと同調するように、私の身体にも確実に変化が起こっているようで、簡単に申し上げますと、このまま放置すればどうやら私の余命はあとひと月ほどかと」
あまりにも自然に答える。
「今……余命って?」
「はい。この手の話を信じて下さる部下も知人も人脈もなく、何があっても公爵様に知られることなくどう対処しようか煮詰まっていたところだったので助かりました。恐縮ではございますが、手伝ってくださいますか?」
「手伝うって一体何を?」
「簡単でございます。書にあった方法は全て不発でしたが、生き霊にはやはり本人達への打撃が最も効果的かと。ですので、次期公爵夫人には公爵様といちゃついて頂きたいのです」
「………………いっ?」
「それはもうべったりと。それが私が生き残る最後の賭けでございます……やって頂けますでしょうか?」




