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2人きり

「え?」


 荒い息づかいで触ろうとするヤドラ医師に、思わず背負い投げをしてしまう。


「公爵様!? なぜ!?」


「いや、すまない。つい……」


「つい、でこの私の神の手にも等しい腕が怪我をしたらどうなさるおつもりでっ!? 私はリドル家が誇るあの全身筋肉と体力だらけの護衛隊員達とは違うのですよっ!!」


 信じられないという顔で、ひっくり返ったまま立ちあがろうとしないヤドラ医師に、カレンが心配そうにのぞきこむ。


「大丈夫ですか?」


「あぁ、お見苦しいところをレディに見せてしまいましたね。なんてことありませんが、良ければ手をお借りしても? 何しろ上と下がひっくり返ってしまった体勢では次期公爵夫人のお美しいお顔を見るのに支障が、いえ、むしろこの体勢でしか見られない喜びもあるかもしれませんが」


「いい加減にしろ」


 公爵が軽く目配せをすると護衛2人がヤドラ医師を元の姿勢に戻すのを手伝う。


「それよりも公爵様、課題をクリアいたしましたので、ご診察をさせてもらっても宜しいですよね?」


「……あれから日が経っているが、まさかそのまま食べたのか?」


「まさかでございます!! いくら新鮮な食材をもってしてもここまで時間がかかれば腐敗してしまいます。なので、ドライ処理を先に行い、それを粉砕し圧縮することで私の胃袋におさめた次第でございます。最初の作業で時間がかかってしまいましたが、公爵様の健康管理が出来ないなど一大事でございますので、この際味は考慮せずに頂きました」


「…………そうか」


「ですので、今度こそ失礼いたします」


 手を貸していた護衛2人からするりと抜け離れると、公爵の顔や首を触り、あげくには胸に耳を当て始める。


 

 えっ、えっ、えぇっ!? あんなに密着するのが診察なのですか!? 私でもあんなにウェイド様に触ったことありませんのにっ。


「ふむ、体温は37.8℃といったところでしょう。ご様子を見る限り、もう少し熱が出ていてもおかしくありませんが……」


「あぁ、カレンが看病してくれたようだ」


 ヤドラ医師はベッドの横に置かれたしぼったタオルと氷を見る。


「ふむ、汗をふいたのですね。それに氷でお体を冷やされたのですか?」


「えぇ。見よう見まねでの看病ですが……」


「ブラン伯爵夫人の時もそうでしたが、医術の心得があるのですか? どちらも適切な処置です」


 珍しくヤドラ医師は真剣な表情だ。


 東洋の本を読んでいたと聞いた時から、多少の知識があってもおかしくはないが、実際にその知識を実践出来るかは別の話だ。まして、侯爵令嬢が? と疑問に思う。


「いえ、まぁ……勢いというやつです」


「……勢い」


「…………勢い」


 ヤドラ医師だけではなく公爵も思わず復唱する。


「分かりました。私のように生まれながらに才能のある者は稀ですが、きっと時間公爵夫人にも生まれ持った器用さがおありなのでしょう」


「ありがとう? なのかしら」


 ふぅ。良かったですわ。褒められた気はしませんが、なんとか誤魔化せたようですわ。実は名ばかりの侯爵だから、医師を呼ぶ費用の節約で、多少の怪我や病気には自分でなんとかしていたなんて言うわけにはいきませんもの。


「そうだな。おかげでだいぶ楽になった。礼を言おう」


 公爵に頭をなでられ、思わず心臓がきゅっとなる。



 ??? 今、心臓が……気のせいでしょうか?



「公爵様っ!! 僭越(せんえつ)ながら私も今までリドル家のために、いえ、公爵様の為に誠意をもってお仕えさせていただいておりますが、そのように頭をなでるなどして頂いたことがなく、それは私の仕事ぶりに対する評価がまだそこに達していないということでございますでしょうか!?」




「……カレン、少し地下に行ってくる。君は引き続きこの部屋にいて欲しい」


「分かりましたわ」


「公爵様っ!? 私のお言葉、聞こえになられていない? お風邪の症状がお耳に!? いやしかし、私以外のお声は聞こえてるとなると故意に無視を!?」


「じゃあ、行ってくる」


「……お気をつけて」



 ヤドラ医師の発言を完膚なきまでに受け流し、公爵は外にいる見守りを残して他の護衛達とともに部屋を出る。


「…………」


「あの、ヤドラ……そういえば……ブラン伯爵とニーナ夫人を送ってくれたのでしょう? ご様子は大丈夫だったかしら?」


「…………はい」


 肩をがっくりと落としながらも、返事をする顔はにこやかだ。


 そんなにショックだったのかしら?


「もう1つ宜しいでしょうか?」


「えっ、もう1つ? 何かしら」


 さっきの質問の続きってことですわよね。やっぱり本物の医師に勢いなんて通じませんでしたかしら。


 リドル公爵家にふさわしい妻。それだけは誰にも疑わてはいけない。


 大丈夫。お母様がレディとしての教養は受けさせてくれたのだから、意識していれば振る舞いで粗相(そそう)はないはずですわ。



「……東洋の文化についてはどれほどご興味がおありですか?」


「はい?」


 そっち!?


「以前はあまりお話しする時間もありませんでしたから、せっかくこうして2人で話する時間があるのですから」


「あっ、え?」


 いつのまにか部屋の中には2人だけになっている。


 大丈夫でしょうか。こんな時に……いくら外に見張りがいても王族が絡んでいる以上誰か他の護衛の方にも部屋の中にいてもらった方がいいのでは……


「ああ大丈夫ですよ。公爵様にはしっかりお見守りするようにと言いつかっていますから、全身全霊をかけてお守りします。なので、私といる間はリラックスしてください」


「?」


 いつそんな話を?


「公爵様には劣りますが、この屋敷の護衛隊を相手にする程度には闘えますので」


「えっ」


 えええええええええええっ!!!!????




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