熱い視線
公爵が入ってくる。当然、その為のセッティングではあったが、まさかこのタイミングでとは。
ニーナ伯爵夫人はアレルギーでショック状態を起こした後に、感動でとはいえ、涙を流しているこの状況を見れば、まるでカレンが彼女を追い込んでいると誤解されてもおかしくはない。
「今はっ、あ、あの……」
どこから説明をすれば良いのか、まだ整理が出来ていない。
「こっ、公爵様。このたびはっ、お屋敷へお邪魔しておりますっ。しゅっ、主人も宜しくお伝え下さいとのことですわ」
涙をぬぐい、慌てて立ち上がると正式な挨拶をする。
婚約パーティの時よりも挨拶が優雅になっていますわ。きっと、何度も練習されたのですわね。
その姿は同性のカレンから見ても思わず抱きしめたくなるような可愛さだ。
ふふっ。きっと、あいかわらず仮面の無表情をしながら、ウェイド様もそう思ってらっしゃるのでしょうね。
ちらりと公爵の顔をのぞくと、ニーナ伯爵夫人に見惚れ呆けている。
「………………」
顔は赤く、瞳はいつもよりも潤み、視線はニーナ伯爵夫人から離せないでいる。
いけまけんっ、ウェイド様。挨拶の時に目を見て良いのは3秒までですわ。そんなに長く見つめては想いがバレてしまう恐れが……
瞬時にフォローすべき場で、頭では分かっているはずなのに、カレンも動けないでいた。
なぜ、そのようなお顔を……
なぜかショックを受けてしまう。
「……ウェイド様、今ニーナ伯爵夫人と話していたのですけど、花がお好きなようで、庭園を褒めていただいたのですよ」
そう、こうやって自然に彼女の情報を提供する。それが私の務め、ですものね?
「あの……カレン様?」
「え?」
名前を呼ばれ、初めて自分が顔を背けていたことに気づく。窓に映るその姿を見る。ほほえんでいるつもりだった表情は眉をひそめ、目線はどこも見ていない。まるで、不本意な言葉を話しているようだ。
なんてことですの。これがウェイド様が望まれている公爵夫人だっていえますの? いくらウェイド様が我を忘れてニーナさんに見惚れたからって。いえ、そもそもそれは気にすることでは……私、気にしたのでしょうか?
「失礼。こちらこそ、ご主人には仕事を手伝ってもらい助かっています。先ほどは体調を崩したと聞きましたが、もう大丈夫ですか?」
公爵がいつもの調子で話しハッとする。
いけませんわ。私もいつも通りに振る舞いませんと。
「今日は本当にごめんなさい。事前に好みを確認しておくべきでしたわ」
「えっ、えっ!? そんな!! カレン様のおかげで大事になりませんでしたし、生まれて初めてお茶菓子を楽しめましたわ。それに、私自身アレルギー? など初めて聞きましたし……」
実際、アレルギーに関する認識はほぼないと言ってもいいくらいだ。本人ですら原因に気づいていないくらいだ。
それにしても、ニーナさんはあそこまで苦しくなったことはないような言い方でしたわ。体調もあるでしょうけど、たった一口であそこまで激しいショックが起こるなら、今までもひどい経験がおありなのではないかしら。まるでニーナさんが食べたお菓子にピーナッツが集中していたのかと思うような症状でしたわね。
「あっ、私そろそろおいとましませんと。主人が迎えに来る時間ですわ」
騒動のせいで、思ったよりも早く時間が過ぎてしまっていた。気づけばニーナ伯爵夫人を迎えにブラン伯爵が到着する時間だ。
「とても楽しかったですわ。ご招待ありがとうございました」
来た時とは別人のような笑顔で感謝を伝える彼女に、ブラン伯爵も驚く。
「ウェイド様、妻がお世話になりました」
「あぁ。十分なもてなしも出来ず申し訳ない。次は夫人の食事には特に注意しよう」
「いえ、私も無知で……極度の緊張でそのような症状が出るのだとばかり思っていまして……待っている間に医師から説明を受けました。おかげで今後の付き合いにも活かせるかと。何とお礼を申したら良いか……」
エル様と目が合う。いつもならこんな幸福はないと天にも昇る気分だが、今日はなぜか公爵の視線が気になってしまう。
「……良ければまたいらしてくださいませ」
「是非っ、そうしますわ」
「念のため領地まではこちらの医師を同伴させましょう。後ろから馬車で追いかけますので、万が一ご夫人の体調が優れなくなればすぐに声をかけてください」
「それは心強い」
そう言うと、ブラン家からの馬車の後に続くようにリドル家の馬車が追いかけていく。
馬車を見送ると、公爵が肩に手をかけてきた。
「うぇっ!? ウェイド様??」
「しっ、このまま僕の近くに。すぐに護衛を増やそう」
その言葉の意味をすぐに理解する。部外者がいる可能性がある。おそらく、先ほどの馬車の見送りも万が一の護衛の為だったのだろう。
「大丈夫。こんな昼間に僕の屋敷で襲いかかってくる愚かな者はいないだろうから、念のためだ。気配も遠いようだし……」
小声で、唇はほとんど動いていない。屋敷に戻る足取りは軽やかで、いかにも何にも気づいていない雰囲気だ。




