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初めての経験

 どうしたっていうのかしら? あのヤドラ医師が女性に失礼な態度も距離感もなく去るなんて。


 終始紳士的な振る舞いで、薬を処方することなくそそくさと退室していった。


「やっぱり公爵家にお仕えするとなると品性も一流の方ばかりなのですね」


 ニーナ伯爵夫人が感心したように褒める。


「えっ、えぇ。そうですわね?」


 騒ぎは落ち着き、しばらく休んだあと、もう少し話をしたいとニーナ伯爵夫人の方から言ってくれたこともあり、迎えの手配を取りやめ、来客の()で親睦を深める。


「それで、式はいつ頃される予定なのですか?」


 すっかりカレンに心酔した様子で、目を輝かさながら話しかけてくる。


「正式にはまだ決まっていないのだけど、衣装はもう最終調整したところですわ。ですので、許可が取れ次第、でしょうか」


「まぁぁあっ!! 楽しみですわ。カレン様ならきっと、いえもう既に素敵な公爵夫人ですわね」


 先ほどまで苦しそうにしていたとは思えないこのテンション。目を輝かせ、完全に気持ちを切り替えている。


 そこが彼女の良さですわね。私も話していて楽しいですわ。


「……お2人の結婚式はどうだったのでしょうか? 良ければ聞かせてくださいます?」


 ずっと、ずっと妄想でときめいていたエル様の結婚式のシーン。それを知る機会など滅多にない。


 今のは自然な流れでしたわよね!? 決してエル様のタキシード姿を思い浮かべたいなどという下心ではなく、親しくなったレディ同士なら普通ですわよねっ!!??


「私達ですか? そうですね……普通です」


 清々しいほどの笑顔で答える。


 えっ……ふっつう? そんな、あなた語彙力(ごいりょく)の問題とかそんな次元ではありませんわよ? 普通って……世界で一番純白が似合うべき殿方があなたの夫で、その希少な生の晴れ姿を見られる特等席にいながら、普通とは!?


 同志としての絆にヒビが入ってしまうかもしれないほどの大問題ですわ。


「そんなことよりも、カレン様の晴れ姿が見られず残念ですわ。きっと、純白のドレスに身を包むそのお姿は天使ですら嫉妬してしまうほどの輝きを放つのでしょうね。カレン様が歩けば花ですらかすんでしまう優雅さと香りを放つお姿が目に浮かぶようですわ。叶うのであれば私も是非その瞬間を目に焼き付けたいものですが、神聖な結婚式では神父様と当事者のみの誓いの場……神のみがカレン様の麗しき姿を見られるなんて、まさに神秘的な時間ですわね」


 そこだけ無駄に饒舌(じょうぜつ)なニーナ伯爵夫人。正確にはそこにウェイド様と司祭様がいるというのに、人数にカウントすらしていない。


 なぜ……。


「フフッ」


 でも、こうやって素直に親愛を向けられるのは悪い気がしませんわね。


「そうですわ。主人から送られた指輪ならありますがご覧になりますか?」


「っ!?」


 思わぬ不意打ちに固まる。


 


 指輪は生涯あなただけを愛するという宣言として贈られる。第2夫人を持たないとするこの意思表示は女性の憧れだ。だが実際、跡継ぎを重視する貴族にとって、この指輪を贈ることはほとんどない。


「失くしては困るので、小さな箱に入れてお守りとしているんです」


 確かに手袋のつけ外しの時に失くしたり落としてしまいそうですわ。女性の憧れではありますが、実用的かというとそうではないですもの。


 それにしても、これがエル様が贈られた指輪。あぁ、なんて神々しく輝いているのでしょう。宝石に誓うことで色が変わるという希少な宝石。エル様の瞳の色と同じですわ。


 声に出ないため息をつく。


 まるで、エル様に見つめられているような情熱的な赤。


 貴婦人たちにとって憧れのソレは、時には敬愛にもなるが多くは妬みの的になる。実家の後ろ盾もない伯爵夫人の彼女がソレを身につけないのは正解かもしれない。おそらく、何の深い意味もなく結婚式へ興味を示したカレンに見せてくれたのだろう。


 彼女の警戒心の無さは確かに可愛らしいですが、ウェイド様が妻にと迎え入れなかったのも納得ですわ。この純粋さが弱さで、立場の低さが危険さを高めていますもの。




「……素敵ですわね」


「えへへ、ありがとうございます」


 嬉しそうに大事にしまうと、ちょうど頼んでいたものを持って来た侍女達が入ってくる。


「これは?」


「今日はせっかく来ていただいたんですもの。きちんとおもてなしをさせていただきますわ」


 運ばれるお茶菓子に、ニーナ伯爵夫人は恐怖で表情が固まる。


「あの、でも……」


「大丈夫ですわ。ちゃんと時間をあけて落ち着いていますし、これはとてもシンプルなお茶菓子ですから」


「シンプル、ですか?」


 婚約パーティの時、彼女がパンやそれ以外の食事を気にせずに食べているのを見た。アレルギーと本人が自覚していないのも、普段の料理では平気だからだろう。


 この地域のお菓子に入っている特別なもの……おそらくピーナッツですわね。


 特産物ではあるものの、高価で貴重な食材のため、貴族の令嬢が好むようなお菓子によく使われている。実際、先ほど食べたものにも入っていた。この地域の有名な菓子といえば外せない食材なのだろう。


 でも、断定は出来ませんものね。


「ニーナさんは、紅茶にお砂糖は入れるんですよね? 花茶も飲んだことはおありですか?」


「えぇ、飲み物で困ったことはありません」


「良かった。これは、砂糖と花を使って染色したお菓子ですから、アレルギーに反応するものはなさそうですわ。それでも、怖ければお茶だけでも召し上がってください」


「砂糖だけで? これが……まるで小さなお花みたいでとても可愛らしいですのに」


 驚くほど躊躇(ちゅうちょ)なく口に入れる。


「んんっ!! 甘いのに、何ともありませんわ。美味しいです」


 嬉しそうに微笑む彼女の姿にホッとする。


 良かったですわ。たまたま取り寄せていたものがあって。


「こんな可愛らしいお菓子は初めて見ますが、なんですの?」


「これは異国から取り寄せたもので、金平糖(こんぺいとう)と呼ばれるものですわ」


「私、お茶菓子を普通に頂けるなんて夢にも思っていませんでしたわ」


 初めての経験なのだろう。感動で涙が頬をつたっていく。


「ニーナさん……」


 その時だ。ドアをノックし、使用人達が入ってくる。


「失礼致します。公爵様が是非ご挨拶にと来られました」

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