罰と褒美
「ハッ……クシュン」
「公爵様、お風邪を?」
「ひいていない。話を戻さないでくれ」
「いいえっ!! この1時間で5回くしゃみなど、風邪の前兆でございます。初めこそ偶然、この庭園におけるあらゆる植物への花粉症、優秀な医師をこのような陽の下に連れ出したことへの公爵様に対する数多の抗議及び噂への迷信的反応などいくつもの可能性を検討しましたが、これは風邪でございます」
「……違う」
「っ!? 公爵様っ!! 医師としての私の腕を見込んでここへスカウトされて下さったのですよね!! 私のこの観察眼、興味、関心、日々の行動の源全てが主人の健康管理に基づかせているというこの私の診断を否定するなど、いかん極まりない所存でございます」
「だから、その行き過ぎた行動を改めろと言っているのだろう」
普段、完全インドア派なヤドラ医師にとって、明るい日差しのもと、健康的な食事を食べさせられるなど拷問に等しい。
「うぅっ、このような食事量を私が?」
「確かに、君の言うとおり医師としての腕は見込んでいる。だが少々、いや根源的にそのやり方を改める必要がある」
「そんなっ!! 私は完璧を目指しているのです。その為には、ある程度の犠牲も医学の進歩には不可欠な……」
「なら、この栄養学に基づいて完璧に調理された食事を残すことなく食べるんだ。医師である君がまずはお手本をみせるべきだろう?」
心地よい陽と風があたるテラス席には、以前ヤドラが研究をもとに導き出した成人男性が一食にとるべき理想的な食事が並べられている。カロリーをもとに作られたビタミン、タンパク質、炭水化物、ありとあらゆる栄養を考慮し作られた豪勢な料理は、まさに自分が挙げたお手本そのものだ。
だが、偏食、少食、日陰で生きてきたヤドラ医師にこの状況は苦痛でしかない。
「うっ……日差しが、まぶしい……」
「君の報告してくれた人間のより良い健康的な生活では、食事だけでなく皮膚からの刺激として適度な日光浴が重要だとあっただろう?」
それも、木陰から木洩れる程度のまさに的確な日差しといっていい。自分が意気揚々と論じた実践だというのに、食欲は下がる一方だ。
「ううっ……公爵様。私は大きな間違いをおかしていたようです」
「……ふぅ、分かったなら良い。今後はもう少し……」
「ため息21回、やはり異常です。公爵様、食事はお済みになられたのですか?」
「……」
「私のお説教は十分反省致しました。ですが、この屋敷の!! いえ、公爵様の健康を一任されている身としてはこれは見過ごせません」
「……別に」
「ほらっ!! いつもの反応より1秒ほど反応が遅いです。昨日すぐにお湯の用意をさせておられましたのになぜ? むしろ体力の面では次期公爵夫人の方が不利だというのに、朝ご挨拶をとお見かけした時には変わりはありませんでした。ということは、昨日仲良く2人で入浴したようにお伺いしましたが、公爵様は入られていない、もしくは時間差があったと推測致しますがいかがでしょうか?」
食い気味に目を見開き近づくヤドラ医師に目をそらす。
「なぜっ!! 今目を背けられたのでしょうか!?」
公爵の体調に関しては何よりも優先事項の彼は、主人の会話を中断することがたとえ無礼だとしても黙っていられない。
「はぁ。分かったのならもう良い、下がってくれ」
「ほら!! ため息22回です!!!!」
自分が風邪をひいたと知られればまずい。また彼女が落ち込んでしまうと考え、さっさとその場をあとにする。追いかけようとするヤドラ医師に、念を押す。
「もし、僕の診察をしたいのならば、この食事を食べてからにするんだ。いいな?」
「うぇっ!? しかし、公爵様……」
主人の命令は絶対だ。
はぁっ、参った。優秀だが敵に回したくない相手だ。
優秀な人材には感謝するが、時々、ヤドラ医師のその熱心さに引いてしまうことがあるのも事実だ。
さて、と。なぜか昨日からやけに頑張りますと宣言してから上の空の婚約者をどうするかな。なんというか、ものすごい誤解が生じている気がする。彼女絡みだと、どうにも頭が働かない。
手紙を渡された時も危なかった。普通に考えればブラン伯爵家への招待状だと気づくべきだったのに、あの夜、一瞬自分への手紙かと浮かれてしまった。すぐに取り繕ったが、勘違いしたかと気付かれてしまっただろうか。エル・ニシェード・ブラン……彼に事業の引き継ぎを一任すると話をした時も、駆け引きなどすっ飛ばして契約を交わした。それよりも先に結婚をした彼に女性に関するアドバイスを欲しくて相談したいと欲が出てしまった。まさかそこに彼女がいるとは、驚きと嬉しさで、ビジネスの相手がいる前だというのについ冷静さを欠いてしまった。
「惚れた者の弱みだな」
彼女に副作用を起こさせるなどありえないが、昨日の彼女にときめかなかったかといえば嘘になる。抱きつかれた時の体温がまだ残っている。
「はぁ。欲しがっていた文献の許可を出すくらいの褒美は与えてもいいか」




