欲情
「…………っふぅ」
荒い息づかい。身体を引き離した方が良いだろうと肩に手をかければ、より強く密着してくる彼女が欲情しているという。
「良ければ席外しましょうか?」
固まる公爵に、ヤドラ医師がドアの方を指差す。
「いらん気遣いだ……落ち着かせる方法はないのか?」
「よろしいので?」
「……当たり前だろう」
正直、一瞬迷いはあった。だが、自分の管理下である屋敷でこれ以上の失態は、彼女にあわす顔がない。あとで冷静になった彼女がどれほど傷つくか、想像もしたくない。
「頭を冷やすと同じでございます。冷めたい水を浴びればすぐに落ち着くはずです」
「よし分かった。すぐに冷たい水を用意させろ」
扉の外にいる侍女頭に聞こえるように、大きめの声を出す。
「はっ、はい」
慌ててカレンを追いかけてきたものの、状況が状況だけにすぐに扉を閉め、外で指示が出されるのを黙って待機していたミクリが反応する。
余計なことには立ち入らない。その距離感と判断力が、まだ若いながらも彼女を侍女頭にした理由の1つだ。
「ウェイ……ド様……私……」
今にも泣きそうなカレンの姿に、ウェイドは一瞬強く抱きしめ返す。そのままさっと抱えると、走り出そうとするミクリにもう一度指示を出す。
「……やはり良い。温かい湯を用意しておいてくれ」
「え、あ、承知しました」
彼女を抱えたまま窓を開けると、そのまま勢いよくジャンプする。
「公爵様!?」
さすがのヤドラ医師も驚く。ここは2階で、外には薬草を育てる為に作ってもらった畑がある。窓の下には深めの池があるが、公爵がそれを知らないわけがない。
バシャンッ
大きな水しぶきとともに、少し高めにカレンを持ち上げたままの姿勢で公爵が池にダイブする。
「落ち着いたか?」
「ウェイド様、あの、一体……」
頭からびしょ濡れになり、先ほどまでモヤがかかっていた頭がハッキリする。
身体の息苦しさが消えましたわ。どんな薬を飲ませたのか直談判しに行こうとしたら、ウェイド様とヤドラ医師が床で仲良く手をつないでいらして……そこから無性にウェイド様に抱きつきたくなったんですわ。
徐々に一連の出来事が一気に頭をよぎる。
「わっ、私なんてことを!!」
真っ赤になるカレンに、公爵は落ち着いた声で説明する。
「どうやらヤドラが処方した回復薬が効き過ぎたようだ。彼には日頃から加減というものを言ってきたつもらだったが、甘かったようだ。申し訳ない」
「いえっ!! ウェイド様が謝ることでは!! 私こそ、はしたない真似を……それに、ウェイド様を道連れにこんな池に飛び込んでしまうなんて……」
「池には僕が飛び込んだ。君のせいじゃない。それに……」
半泣きで涙ぐむカレンの目を優しく手でぬぐうと、神々しいほどの微笑みを向ける。
「僕たちは婚約関係だろう。何も間違えたことではない」
「……はい」
「それと、ヤドラ医師の薬の加減が明日には度が過ぎないよう、公爵の立場にかけて矯正させると誓おう」
「はっ、はい」
先ほどまでの優しさにあふれた微笑みが嘘のように一瞬で冷たい公爵の顔に戻る。
「だっ、旦那様!!?? カレン様!!!! お2人とも何がっ!?」
びしょ濡れになった2人を見て侍女頭は驚愕する。
「あぁ、お湯の用意は出来てるな。悪いが、2人にしてくれ。それと、明日ヤドラ医師を庭園に呼んでおいてくれ」
「かしこまりました」
部屋に用意されたお湯の用意を終えると、使用人全員を下がらせる。
「ウェイド様、今のセリフは……」
まるで2人で仲良く入るのを邪魔するなとでも捉えられる指示に、顔が赤くなる。
「問題ないだろう? 見張りをしているから、先に温まってくれ」
「え……」
「心配なら目隠しもしておこうか?」
「いえ、いいえっ。ですが、ウェイド様が冷えてしまうのでは?」
「問題ない。こう見えても身体は丈夫な方だ」
以前は目の前で着替えをしようとした勢いだったというのに、背中を向ける公爵を前に、今更ながら恥ずかしくなる。
「あの、ウェイド様」
「ん? どうした?」
「大変お手数なのですが、この服は自分で脱ぐのが、その……」
見れば背中には結んだリボンがいくつもあり、それを絡まらずにほどくには人手が必要だ。
「……なるほど。少しだけ失礼する」
慣れない手つきでそっと外していくのが分かる。できるだけ肌に手が触れないよう注意しているのか、手先の震えが伝わってくる。
「ありがとうございます」
寡黙になった公爵の後ろで温かい湯につかり、おかげで冷えた身体が温まる。
不思議ですわ。私たちは同じ秘めた想いを持つ同士だと言うのに、まるで大切にされているように感じてしまいますわ。
「ウェイド様」
「……どうした?」
「必ず、良き公爵夫人になりますわ」
「それは、頼もしいな」
暗黙の了解。たとえ心が他に向いていても、あなたに1番理解のある妻を成し遂げますわ。
なぜか自分から口に出したその誓いが、少しだけ心に重くのしかかるように感じる。
これは、きっと私に公爵家に嫁ぐ重みが分かってきたということですわね。きっと、衣装合わせが心境の変化になったのですわね。




