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憧れのあの方との急接近

 あぁっ、エル様がこんなに近くに立っていらっしゃるなんて。なんてことかしら。目元に小さなホクロがあるなんて知りませんでしたわ。こんなに近い距離……エル様が吐いた空気を私が吸って、私が吐いた空気を吸われているなんてことがあるかもしれないなんてことがあったらどう致しましょうっ……むっ、無理ですわ。とてもじゃないですが、私の息のせいでエル様を汚すなんてことがあったら……


「あの……」


「……………はい?」


 貴婦人同士の関係性は重要だ。



 なのに、私としたことが……いけませんわ。思いがけずエル様との急接近で注意がそれてしまっていましたわ。


 ウェイド様が自ら誰かのもとへ行くのはこのパーティでは初めて。悔しいですが、身分の低さから、本来であれば挨拶する機会も与えられないエル様のもとへわざわざ行ったということは、本命は彼女との交流を深めろという私への暗黙のミッションでございますわね。


 私1人であれば、エル様とこのような超至近距離での接触など叶いませんでしたし……ふぅ、こちらもお返しをしなくてはなりませわね。



 あくまでも品良く、軽く笑みを浮かべながらニーナ夫人の声かけに応える。


「失礼、何かしら?」


「あっ、その……ご婚約おめでとうございます。ニーナ・ブランと申します。このような華やかな場は初めてで……すぐにお礼とご挨拶をと思っていたのですが、タイミングがなかなかつかめず、お伝えするのが遅れ申し訳ありません」


 当然、先日正式に夫婦となったことは知っていた。憧れのエル様と同じ名字を名乗る彼女に、彼がもう誰かのものになった現実を嫌でも叩きつけられる。


 大丈夫。エル様をこのパーティに招待すると決めた時から、何度も練習してきたんですもの。


 そのまま余裕の表情をなんとか保ちながら、最大級の敬意を示す挨拶をする彼女の手を取る。本当は、彼女達が挨拶をしたくても出来なかった状況だったことくらい誰でも分かる。自分たちよりも身分の高い貴族をさしおいて話しかけにいくなど、出来るはずがない。


 だからといって、わざわざそれを謝罪する貴族もいない。素直さが彼女の良さであり、貴族社会で弱者になる欠点でもあるのだろうけど。


 もし、彼女を公爵夫人にと迎え入れれば、つぶされてしまうのは明白ですわね。



 彼女が本心でお礼を伝えたかった気持ちが伝わってくる。


「ニーナ伯爵夫人、お顔をあげてください。まだ公爵様とはご婚約中なだけですから、私にはそこまで(かしこ)まらなくてもよろしいのですよ」


「ですが、それでも私にはとても立場が上の方ですわ」


 嫌味の1つもない素直な言葉で、顔を真っ赤にして話す彼女は、同性の私から見ても可愛らしいと思ってしまう。エル様との婚姻で伯爵になった彼女だが、元は貴族と名乗るにはあまりにもぎりぎりの生活を送っていた力のない家柄だ。


「夫婦としては先輩ですもの。私のことはカレンと呼んで欲しいですわ。ここでは年の近い知り合いもいないですし、仲良くしてくださると心強いですわ」


「カレン様……」


 生まれ育った土地を離れ、土地勘もないリドル公爵家の領地に来たばかりなのは事実。


 仲良く……したいのかしら。


 自分の言った言葉が皮肉に聞こえる。


 この方とお近づきになればエル様を拝める機会が増えるかもしれませんわ。それに、ウェイド様も彼女と接点を持てることを望んでいらっしゃるはず。


 ですが……………


 自分の口から出る言葉が彼女に比べると汚れたように感じてしまう。


 建前と打算で話すことに慣れた私には、洗練されたエル様の横に立つ資格なんてありませんわね。






「僕としても、妻と仲良くしていただけると助かる」


 っ!?


 話していたはずのウェイド公爵が、急に自ら話しに入ってくる。固まるニーナ夫人の代わりに、慌ててエル様が返事をする。


「公爵様っ、それはもちろんっ、大変光栄でございます。ですが……その、私どものような身分違いの者にどうして……」


 女性同士の会話に、男性が入ってくるなどレアだ。むしろ、このタイミングでこの申し出は、妻(婚約者)をよほど大事にしているとアピールするようなものだ。


 まさかウェイド様が発言するなんて!? あぁぁ、エル様が驚いてしまっていますわ。ニーナ夫人なんて恐れ多さのあまり血の気をなくしてしまっていますわよ!? 良いんですの!? 意中の彼女の前でそのような……いえ、その方が好印象になるのかしら?


 挨拶にとどまらず長々と会話をするウェイド公爵の様子に、会場がざわついているのが分かる。


「ブラン伯爵家は確かに今まで目立っていなかったが……君が管轄を任されるようになってからは安定した領地管理が続いていると聞いている。王都が大凶作で荒れた年も、君の管理する領民は事前の備えのおかけで病や飢えでの致死率がかなり少なかっただろう? 是非今後は我がリドル家の管轄にも力を貸して欲しいのだが」


「えっ」


 ええええええ!? いや、分かりますわよ!? 誰に対しても平等で思いやりがあって努力家でその上先見の目があるエル様の統治力はそれは素晴らしいものですわよ!! ですが、なぜそれを貴方が把握していらっしゃいますの!? それに、力を貸して欲しいって、それはつまり……


「私がリドル公爵家と協働する、と?」


「是非、そうして欲しい。あぁ、それと、今後はウェイドと呼んでくれ」


「いえ、リドル公爵様にそのような…」


「僕の妻も、君の奥さんとの交流を望んでいるだろう? 夫婦で是非、仲良くさせてもらえないだろうか?」


「公爵様……分かりましたっ。ウェイド様……是非宜しくお願いします」


 握手を交わす2人を見て、頭が真っ白になる。エル様と今後も会えるってことですの?


「あぁ、それと彼女が言ったとおり……」


 私!? 私が何か言いましたか!? まさかエル様を間近にして心の声が表に出てしまっていましたでしょうか!!?? どの声がっ!? まさか、エル様の朝起きてからお休みになるまでの生活の全てを知りたいなんて欲望をそのまま口に出していたとかですか!? そんなことがあれば、私もう一生顔向けなんて出来ませんわ!!!!


「ぜひ、先輩夫婦のご意見、色々とご教授いただきたい」


 仮面の公爵なんて誰がそんな呼び名をつけたのか。


 その微笑みを前に、社交儀礼程度で口にしたアルコールが一気にまわるのを感じた。


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