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2人の時間


 なぜだ!? あんなに穏やかな食事時間だったというのに、急に無表情になっただと!?


 何食わぬ顔をしているが、公爵は焦っていた。多忙なスケジュールの中、唯一2人で食事をとれるこの時間、長年の想い人と一緒にいられる幸せをかみしめていたというのに、彼女の美しいほほえみは急にくもっていった。見た目では分かりにくかったが、人より見る目のある彼だからこそ気づいた変化だ。


 料理が口に合わなかったのか? スープを飲んで表情が変わったように見えるが……それとも話題か? ニーナ伯爵夫人を招待したいと言っていたから、手間の省ける段取りを提案したつもりだったが……まさか女性との交流に口を出したのがまずかったか!?


 通常、女性主催の集まりでは男性が口を出すことはない。日付や場所の段取り、おもてなしの演出まで全て女性のセンスが試される。いわば女性の聖域だ。


 どっちだ。料理なのか、それとも口を出したことか!? くそっ、どちらにしても、全ての可能性を正す必要があるな。このままでは、一緒に食事をとってもらえなくなる可能性も……


「…………まずいな」


 公爵の一言に、使用人たちの緊張が走る。ただでさえ、カレンが途中退席したのだ。何か粗相(そそう)があったのかと内心心配していたところに、今度は公爵からのこの発言だ。


「旦那様、料理がお気に召しませんでしたでしょうか?」


 給仕係が慌てる。


「料理長に伝えろ。全ての料理の、特にスープの味の見直しを早急に行うように」


「すっ、全てでございますか!?」


「期限は明日の朝食までにだ」


「はっはい……承知致しました」


 バタバタと厨房が慌ただしくなる。公爵の伝言を聞いた料理長は真っ青になり、ヤドラ医師がその日何度も呼び出されることとなった。








 バタン。


 カレンは1人寝室に戻る。


 ウェイド様より先に食事の席を立つなど、良き婚約者とは言えない……ですが、仕方ありません。エッ、エル様が来られるなんて、それも明日!! どうしましょう、心臓が破けてしまいそうですわ。


「スーーーーッ、ハァーーーー」


 深呼吸で落ち着いて……



 無理ですわーーーーーーーーっ!!!! 生エル様の威力を知ってしまった今、どうやって落ち着けと!? こんなに早くエル様との話を進めているなんて!! まさか、私がいつまでもニーナ夫人をお誘いしなかったことにしびれを切らして!? いいえ、エル様の管轄能力の腕を買われたと言ってましたもの。いずれ屋敷に招く日が来ることは想定済み……ですが、まさか、わわわわ私の書いた手紙をエル様におわわわわ渡しするなんてぇぇぇっ!!!! 



「失礼します。カレン様、朝食を残していらっしゃいましたので、胃薬をお持ちしたのですが」


 ミクリが体調を気遣い部屋にやってくる。


「どうぞ」


 先ほどの慌てぶりなど微塵(みじん)も感じさせないその落ち着いた(さま)は、長年の秘密の恋を抱えてきた技術の賜物(たまもの)だろう。


「お身体の調子はいかがですか?」


「問題ないわ、大丈夫よ」


「そうですか。失礼致しました」


 淡々と応えるカレンに、侍女として、これ以上は聞いてはいけない。長年仕えてきた勘がそう言っている。


 そもそも貴族が食事を残すのはごくごく当たり前のことだ。特に、女性側に残したことをわざわざ聞くのは失礼にすらあたる。だが、カレンが屋敷に来てから、朝食の途中で席を立つのは初めてのことだ。思わず、何かせずにはいられなかった。


「何かあればお声かけください。では……」


 そう言って立ち去ろうとすると、呼び止められる。


「待って。それなら……ニーナ伯爵夫人を屋敷に招待するから、手紙の準備をしてくれるかしら? 代筆の手配もお願いするわ。それと、その胃薬は置いていってもらえる?」


 カレンは苦笑いで薬を受け取る。


 やっぱりここは執事に代筆して書いてもらう方がいいですわね。もう鼻血を出すわけにはいかないですもの。それに、明日エル様が屋敷に来られるかと思うと胃がひっくり返りそうですわ。


「かしこまりました。すぐにお水もご用意致します」


「えぇと、それと……この薬はやっぱり、ヤドラ医師が調合したのかしら?」


「はい。屋敷にあるもの全てそうなります。こちらは、胃薬の効能以外はないと確認済みですので、ご安心ください」


「そう、ありがとう」


 薬湯の一件で、ヤドラ医師の実力といきすぎた暴走を身をもって知った為、確認せずには胃薬でさえ飲むのを躊躇(ちゅうちょ)してしまう。


 







 いつものように一人夕食を済まし、部屋で公爵の戻りを待つ。


「なんだ、起きていたのか」

 

「ウェイド様……あの、これを……」


 朝食のあとからは会うことも出来ないまま、結局夜遅くになってしまった。


 疲れているはずの公爵を気遣い、要件を手短に済ませようと手紙をすぐに差し出す。一瞬固まる公爵だが、すぐにニーナ伯爵夫人宛の招待状だと思い出したのか、分かったと受け取る。


 一瞬、喜んだようなお顔をされていたのは気のせいかしら。いえ、分かっていますわ。ニーナ伯爵夫人と会える喜びをお顔に出さないようにしても、ついそうなりますわよね。たとえ私たち2人だけでも、気を緩めてはいけませんわね。さすが、公爵様ですわ。



 明日はいよいよエル・ニシェード・ブランが屋敷に来る日。塔が違う為カレンが会う可能性はないと分かっていても、興奮で眠れない。



 あぁ、睡眠薬ももらっておけば良かったかしら。


 いつもなら、すぐに眠りに入ってしまっていたが、時間が経つほどエル様が近づいてくると思うと余計に目が覚める。


「ハァ」


 隣で横になっているはずの公爵から小さなため息が聞こえる。



「ウェイド様、お休みになれませんか?」


「えっ……まだ起きていたのか」


「はい、今夜は……色々考えてしまって。ウェイド様もですか?」


 はっ!! ウェイド様にこんな無駄話してはまた呆れられるでしょうか……でも、1人だとどうしても緊張が強くなってしまいますわ。今までずっと押し殺してきましたのに、ダメですわ。どんどん欲が強くなってしまっていますわ。


「……少し話でも聞こうか?」


「っ!!」



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