突然の口づけ
カレンが生まれた侯爵家は、身分こそ高い位置にあるが、実際父は様々な事業に投資しては失敗するという繰り返しをしており、ビジネスの才能はなかった。先祖代々からの資産、土地を担保にいれては失い、母の実家からお金を工面してもらいぎりぎりの体裁を保っていた。使用人の人数も最低限、護衛に関してはより厳しい予算が割り当てられていた。
「カレンお嬢様、侯爵家のご令嬢ともなればいつ誘拐されてもおかしくはありません。ですが、私は旦那様の護衛に務める身……お嬢様はご自分で身を守れるようにならなくてはいけません」
両親の目を盗んでは、親切なその男は護身術を教えてくれた。彼は代々カレンの家に仕えてきた1人で、元々は王家からもスカウトがくるほどの実力を持っていたらしい。先代からの誓いを律儀に務めるその男が、主を侮辱したとも取れるそのアドバイスは、命がけでカレンを想ってしてくれたことだった。
ありがとう。あの時のあなたからの教えのおかげよ。
バタンッッッッ
目の前で気を失うこの侵入者も、相当な手練れに違いない。だが、完全に油断していたのだろう。まさか、侯爵家のお嬢様がこれほどの護身術を持ち合わせているなど、想像も出来なかったはずだ。
「失礼しますっ!! 今の物音は一体!?」
当然、図体のでかい男がふきとんだのだ。公爵家の護衛がかけつける。
「ご令嬢、お怪我はっ……」
「この男は……」
「それが、水を飲もうと起きましたら、この者が窓から飛びかかってきまして……ヤドラ医師が危険回避のお薬を処方していなければどうなっていたことか……」
か弱き令嬢が倒したなんて、体裁に影響が出ますわ。ここは、薬湯の事件を使わせてもらうことに致しましょう。
「危険回避の薬?」
「……まぁ、あのヤドラ医師なら……」
皆が思い当たることがあるように視線をそらす。
一体今まで何をしてきたんですか、あの医師は。
だが、おかげでそれ以上は何も聞かれることなく、すぐに男を拘束する。
「カレン様〜〜〜っ!!」
寝巻きのままミクリがかけつける。
「どうしたの?」
夜間の担当の者もいるというのに、騒ぎを聞きつけすぐにとんできてくれたのだろう。
「どうしたのではありませんっ!! 大男がカレン様の部屋に押し入ってきたと聞きました、お身体は……」
「大丈……」
「大丈夫かどうかは、すぐにヤドラ医師を連れて確認させろ」
「っ!!」
当然、屋敷に侵入者が出たのであれば報告はいくだろうが、まさか直々にやって来るとは。
「ウェイド様……」
「来るのが遅れてすまなかった……捕らえた者の指示で時間がかかってしまっていたが……」
公爵はまだカレンが震えているのに気づく。声や表情からは分からなかったが、手をさわればいつもよりも冷たく、指先がわずかに震えているのが分かる。
「…………」
すぐに上着をカレンに羽織らせ、そのままそっと抱きかかえる。
「あっ、ウェイド様!?」
「すぐに君のもとへ来るべきだった。申し訳ない」
「いえ、別にウェイド様が悪いのでは」
公爵は温めるように手を握り、そのまま指先にキスをする。
「っ!?」
「どこか怪我は?」
「もっ、問題ありま……うっ」
「腕が痛むのか?」
「つかまれてしまいましたが、すぐに逃げましたので……」
「陽が昇る前に尋問を終わらせろ。主犯を必ずあぶり出せ」
部下達に向けられるその声は冷たく、現場が凍りつくのが分かる。
ウェイド様のこんな怖い声初めて聞きますわ。もし、役に立たないと判断されれば私もこんな風に突き放されるのかしら。
「…………」
「君を怖がらせるつもりはなかった……どうかそんなおびえないで欲しい……腕はすぐにあの男に診てもらった方が良いが……」
「?」
「すぐにヤドラを僕の部屋へ」
そう言うと、今度は優しい表情を向け、そのまま見覚えのある部屋へと向かう。
え? まさかこの方向ってウェイド様の寝室ですわよね? 確かにあの客間はもう使いたくありませんが、リドル家であれば他の部屋がまだたくさんあるはず……はっ!? 私ったら、既に2部屋も使い物に出来なくしてしまったのでしたわ!! いえ、でもあれは不可抗力で……それとも、男が寝室に入った時点でもうアウトでしたか!? 名誉や格式を重んじるリドル家には他人に付け入る隙をつくる婚約者など不要と!?
ガチャリ
おっ部屋に私も入って!? あっ、そういえばヤドラ医師をここへ来るように言っていましたものね。
「あ、あの。不可抗力ではあるのですが、客間を汚してしまって……」
っ!!??
公爵の唇が重なるのが分かる。
「……っ、すまない。君の立場を考えても、誓いの日までは我慢するつもりだったんだが……」
????
そう言うと、今度は首元に触れる。
「んんっ!? こっ、公爵様!!??」
「……腕は、見せてくれるか?」
あざになった腕を見ると眉をひそめる。
本当はエル様への気持ちを隠すために自分で握りしめて出来たものですけど……
「許さん……」
「はい?」
「あの男……今すぐ尋問……話をしに行きたいところだが」
恐ろしく低い声とは裏腹に、公爵は呼吸を整えるとすぐに優しい顔をカレンに向ける。
「フゥっ、まずは君が優先だ」
「ウェイド様」
「ん? どうした?」
なぜ、そんなにも優しくされるのですか? それに、先ほどの口付けもどしたんですか? 私はまだリドル家の婚約者としてお役に立てていますか?
聞きたいことは山ほどある。
「私は……」
「お呼びでしょうか、公爵様……」




