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婚約破棄は突然に

それはまさに青天の霹靂へきれき


その場にいた誰もが驚愕した。

高級な酒の香りも、極上の美食の味も、その存在を消す程の衝撃。


その原因は、皇太子の一声だ。


『コンスタンツェ・フォン・フィンゼフトとの婚約を解消する』


晩餐会ばんさんかいで賑わっていた会場は水を打ったようになった。


誰も何も発せず、身動ぎ一つもしない。


そんな中で狼狽え震える人物が一人。



年の頃は皇太子と同じく十と八。


百五十(センチ)半ばの背丈は高すぎず低すぎず。

年を追うごとに女性らしさを増すシルエットが彼女の魅力を示す。


背中まで伸びたすみれ色の髪に、傷の一つ無い青玉サファイアのような綺麗な碧眼。

二つが合わさり、宝石のようなきらめきが彼女を包んでいた。


白のフリルブラウスはそんな彼女によく合っている。

刺繍(ししゅう)で施された胸のフリルの船と月が、彼女の身体の震えに応じて揺れ動いた。


青の布地に銀装飾が施されたくるぶし丈のフレアスカートの端を、思わず右手で握る。

スカートから伸びる黒の編み上げブーツがよろめいた。


婚約当事者の片割れ、フィンゼフト公爵家の娘、コンスタンツェだ。



「な、なぜ? 何故なのです、ジークハルト様!」


懇願こんがんするように、すがる様に、彼女は壇上だんじょうの婚約者を見る。


しかし、皇太子ジークハルトの紫の瞳は彼女を冷酷に映すばかり。

柔和で人の良い普段の彼を知る者ならば、余計に違和感を覚える表情と目つき。


疑い、恐れ、軽蔑する、魔獣を見るかのような目だ。


なぜ?


なぜこんなことに?


コンスタンツェは衝撃によろめきながらも思考を巡らせる。

だが彼との思い出の中で、思い当たる節が全く無い。


(むつ)まじく、理想の婚約である、とまで周囲から言われた。

二人は喧嘩はおろか、意見の相違すら無かった。


ここ一ヶ月は多忙で会えなかったが、そんな状態からの突然の婚約破棄。

理解が追い付かない。


足下の床が崩れ落ちるかのような、現実感の無い寒気が身体を支配する。


だが、コンスタンツェは考えた。

覚束おぼつかない思考であっても、彼女はフィンゼフト公爵家の娘。

そこらの人間とは違うのだ。


彼と仲違いは無かった。

公爵家は帝家ていけと近い血縁であり、両家は良好な関係を長年維持している。


つまり、彼との仲や家の問題に起因する話では無い。


となると、何が原因だ?


人が良い皇太子は他人を疑う事を知らない。

他者を信用しやすく、そこに付け込んだ人間に騙されているのではないか?


彼の意思ではあるが、その根拠は異なる。

誰かの入れ知恵だ。


そうだ。

そうに違いない。

それ以外、あり得るはずがない。


コンスタンツェは抗弁こうべんした。

だが、皇太子はそれを意に介さず、彼女を糾弾きゅうだんする。


初めての言い合い、喧嘩。

それがこんな場で、取り返しのつかない事態で発生するなど、誰が考えるだろうか。


目に涙を浮かべながらもコンスタンツェは周囲を一瞥いちべつする。


皇太子に入れ知恵をした人間は、絶対にこの場にいる、いるはずだ。


混乱し、困惑し、狼狽える貴族達。


そんな中で一人だけ。


ただ、一人だけ。


柱の陰にいる女だけは違った。


罪人を見るような鋭い目でコンスタンツェを見ていた。


奴だ。


奴こそが皇太子に入れ知恵をした元凶だ。


公爵令嬢コンスタンツェは女を睨む―――

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