4話 君はずっと好きだったのに
彼から思いも寄らない言葉を伝えられた。聞き間違いだと思ったので、彼に問い直した。
「け、っこん.....?え、あ、うん.....あぁ....え?結婚?結婚て、あの....」
結婚、それはかつて、ボクと彼が交わした約束.....
「そんなに、仲良く.....なったのかな?その、そちらの女性と...」
「....あぁ。」
「なんで、かな?」
何を聞いているんだ僕は。
仲良くなったに、なんでも何もないだろうに。
「......趣味、とか....学問の関心が、似てるから。」
「そ、そう.....え、あのさぁ......」
聞きたいことが多い。何から聞こう。
いや、聞くよりもお願いしたいことが....違う、そうじゃなくて。
あれ、なんだ?待ってほしい。
「ちょっと、待って。ごめん.....ははっ......え?あ.....」
うまく言葉が出てこない。
「つが、ツガル?僕のこと.....好き、だよね?」
「っ......うん。」
「だよね?ね?だって...君、あの......あぁ、冗談だよね?ほら、ボク....もう十分驚いて.....」
「失礼ですがゴサクラ様。」
何も言わず佇んでいた、隣の女性が口を開いた。名前さっき聞いだんだけど....なんだっけ。
彼女は少し顔を顰め、怒気か何かを帯びた声色で僕に話しかける。
「私はツガル様との合意のもと、婚約を誓いました。冗談などと言われるのは、極めて不愉快です。」
「だって......そんなっ......」
今にも動転し我を忘れそうになる。彼を見て、本当なのかとか、本気なのかとか、何か言ってくれとかを目で訴える。しかし.....
「.....」
彼はただ、目線をそらすだけだった。何も答えず、否定もせず、口を紡いでいる。
「ツガル、待ってよ.....ぼ、ボクさぁ....君、え?なんで....だって、だってっ....」
呼吸が乱れてきた。なんだか力も入らない。さしていた傘も握れず、そのまま後ろへ倒してしまう。雨水が全身へかかってしまう。けれど、そんなことはどうでもいい。
「ねぇ、ねっ....ほら、この前も.....いつもボク達は.....二人で一緒に...」
「っ......」
「違うじゃないか.....ねぇ、ボクらずっと...だって、ねぇ?大好きなんだよ...ねぇ、待ってよ......約束.....」
もう舌も回らなくなって来た。もはや喋れない。
震える両手を彼に向ける。聞いてほしい、待ってほしい....嘘だと言ってほしい。
必死に縋るように手を伸ばすが、隣にいる彼女がグイッと彼を引き寄せる。
「要領を得ないですね。話すことがないのなら、これにて失礼します。」
「ぁ.....違う....あるよっ、あるんだ!」
どうにか引き止めようと思い、声を荒らげてしまう。彼女も流石に驚いたのか、少しどよめいた。
「はぁ、はぁ.....ねぇ、ねぇ!ツガル!!」
「......」
「説明してくれよ!なんで、なんでさ!?ボク.....ボクは!ボクらは....出逢ったあの日から、ずっと......」
徐々に声色が掠れ衰えていく。今、ボクはどんな顔をしているだろうか。
雨で濡れてしまっているから、もうわからない。汗ばんでいるのだろうか、赤面しているのだろうか、それとも涙をボロボロ流しているのだろうか。
「トコロ。俺は....」
「っ...!」
ようやくまた口を開いてくれた。ボクは、本当はただそれだけで嬉しいんだ。
嬉しいはずなのに....その声色で、表情で.....彼が、今ボクの求める言葉をくれないことなんて分かってしまう。
「オレは.....コイツと結婚する。」
「ぁ...はっ....はぁ....嘘だよねそんなの....ボクわかるよ?ねぇ、本当のこと言ってよ.....ねぇ!」
「っ.....」
なんでそんな嘘を言っているのか、こんなことを言っているのかは知らない。そんなことはどうでもいい。これが彼の本音だなんてことはありえない。それ以上に彼がボクを嫌いになるなんてことはない。
「ツガル様、証明しましょうか?」
彼女は何を思ったのか、そんなことをつぶやいた。彼は目線を何度かボクに向けた後、力強く頷いた。
「お口を....」
「!」
そして、彼の顔へ自身の顔を近づける。
「っ...!」
「きゃっ.....!」
何をしようとしたかを察したのでボクは不快さと焦燥の余り、思わず彼女からツガルを引き剥がした。
「はぁ....はぁ.....ねぇ、ツガル?」
抱き寄せた彼は目を会わせてくれない。ただ、それでも必死に訴えかける。
「君が本当に彼女と婚約するならそれでいいさ。はぁ、はぁ.....」
「っ.....」
「ただ....嘘をつくのは、やめてくれ。本当に結婚したいの?ボクより、彼女の方が好きなの?」
「〜っ...ふぅっ....すぅ.....」
「ねぇ、答えてよ!!」
「っ!!」
彼は抱きしめるボクの腕を払い、身を押し返すように離れた。
「ごめんなさい、ツガルさ....?」
「ん....」
彼はそのまま、目の間にいるその女性の元へ戻り....そして.....
「ぁっ....」
「ちゅっ.....」
彼はもうボクの方を見ることもなく、口を開くこともなく、後はただ女性の腕をとってその場を後にした。ボクに背を向け、静かに去っていった。
「はぁ、はぁっ.....ぁっ....あっ......」
腕を組む隣の女性は、されに距離を縮める。ぶん殴ってやりたい。
だけど、彼に拒まれたこと、先ほど起きたことが色濃く瞳に焼き付いてしまった。
気力も嫉妬も殺意も湧かず、ただただ喪失感がこれでもかと賑わいでいる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ.......」
内側から溢れるように、虚しい声を漏らししまう。
やがて声も声も枯れた頃、ようやく雨が止んできたはずなのに、雨の音が先ほどよりも強く響いている気がした。
ようやく雨が止んだと思ったら、顔を滴り流れる水が止みやしない。