1話 羽獣人/天与の者
「ホントだ、初めて見るなこんな花。」
トコロに連れられ、森林の草むらに来た。赤い花だが、形が何とも独特だ。爪のような、握りかけの掌のような形をした花。本を捲り、似た花がないか探す。
「あ、これだな。」
「見つけたかい?」
「おう。地獄草……毒性を持ったアキに咲く花で、大陸から伝来したってさ。」
「地獄草……確かにどこか不気味な姿だね。だけど、とても流麗だ。」
「あぁ。にしても、毒性か……薬になるかな。それよりも害獣よけのがいいか?」
「そうだね。少し拝借しよう……」
何輪か摘み取り籠にしまう。近くにある川へ向かい、小憩を取る。水杓子で川の水を汲み取り、トコロの口に寄せる。彼女が飲んでから、次はオレが飲む。少しずつ寒くなってきたとはいえ、まだまだ日差しは暖かい。
「........」
「どうした?」
トコロが後ろを振り返る。ガサガサという音をたて、何者かが現れる。
「フシュウィ.......ガヴルルル........」
「ツガル。下がっててくれ。」
「あぁ.........」
荒々しい吐息を吹き、その口からは唾液が滴っている。猫背の姿勢で爪のある手をダランとさせて、二足で立ち尽くす。牙をカンカンと叩き合わせ、呼吸のたびに剛靭な毛並みが小さく揺れている。
「〝羽獣人〟....」
獣のような風貌でありつつも、人のようでもあるそれは妖の一つであり、そのように呼ばれている。
少し間をあけ、羽獣人は徐々に呼吸を乱していき、四つ足の姿勢に移る。
トコロは携えた刀に手を添え、少し前のめりに姿勢を屈める。
「ガルルラァッ!!」
羽獣人は駆け出し、こちらへ猛進くる。河川の砂や砂利を動くたびに散らし、空を切って迫る。
「すぅ......」
彼女は、落ち着き足と右手に力を込める。
「〝猪兎〟.....」
「ガル!ガルルラウッ!」
「〝突鋭〟!!」
「ギャッ!!?」
ほんの一瞬で、たったのひと蹴りで距離を詰める。羽獣人の胸へ、横一文字の一撃を決める。そして今度はその場で踏ん張り、勢いよくぐるりと回ってその傷に蹴撃をかます。
流石に効いたのか、羽獣人は悶え怯む。呼吸を乱し、後ずさっていく。
(ほんとに超強ェなアイツ......)
などと呑気に考えている一方で、彼女は再び刀を構え直す。今度は腕を前方から後ろへと構え、グググと威力を溜める。腕で口元が隠れているが、その瞳はジッと羽獣人へと向けられている。
「申し訳ない。ただ、悪いけれどボクの最愛の人に牙を向けたんだ.......」
蹲る相手をトコロは見下ろし、ねじった体の弾性と自身の腕力のまま刃を振り.......
「っ!!」
向けようとしたところ、どこからともなく炎が現れ羽獣人を包んだ。
「キャンッ!!ギャァ!!ガウゥ....キャンギャン!!」
「これは......」
苦しむ断末魔は、徐々に弱い声へと変わっていき、終ぞ血肉が焼け焦げていく音だけが残った。
「失礼、ゴサクラ様。」
「うわ出た......」
名を呼ぶ方へ目を向けると、一人の男がいた。その後ろにも、甲冑を纏った数名の兵士が立っている。
その男は若干疲れたような、気力のないような表情を浮かべ、白い衣の上から黒い外套を纏っている。特徴的なところといえば、その手.....手の甲には、線が交差し円を描いているような紋様が一つ確認できる。
「羽獣人の討伐のご協力、感謝します。」
「気にしなくていい。それでは失礼する。」
「お待ちを......」
その男は、名をファラリウス。異国よりこの地へ来た使節団の団長である。
「使節団への加入の件......ご検討していただけましたでしょうか?」
「断ろう。」
トコロは軽くあしらい、そのまま目を向けることもなく答えた。刀についた血を払い、鞘にしまうとオレの方へと振りかえる。
「なぜでしょうか。あなたの力は、この使節団のどの兵士よりも強く......羽獣人どころか、天与の力にさえ対抗できる。」
「........」
彼女は立ち止まり、少し眉間に皺を寄せてファラリウスを見る。
「我々使節団は、この羽獣人のようなモンスターと戦うべく世界を団結させることを目的とし、各地にて天から力を授かった天与の者たちの元へ赴いています。」
強さや才を誇示するように、自らの手に炎を纏わせる。熱くはないんだろうか。
「天与の者でなくとも、あなたのような強いお方がいれば、きっと世界は.......」
「火の用〜.....」
「は?」
「心!」
「なっ......」
ファラリウスの言葉を遮り、オレは燃える手に水をぶっかけた。燃えていた炎は消え、ファラリウスはびちゃびちゃになった手をぎゅうと握りしめる。
「悪いな。森と河川じゃ火気はやめてくれ。」
水杓子をファラリウスの胸に突き立て、軽く小突く。続けて、それを指揮棒にするように他の兵士たちを指し、責任持って燃えてる妖どうにかしろよと促す。彼らは少し動揺するも、仕事は仕事なので消火と処理に移った。ファラリウスは、オレを睨むように見る。
「また貴方ですか......」
溜め息をこぼすかのように呟く。オレは何か言ってやろうとしたが、それより早くトコロが口を開いた。
「申し訳ないけど、僕にとってはツガルが〝世界〟だ。失礼するよ。」
オレを抱き寄せ、そのまま使節団を置いてさっていく。
「あの、男が........」
残されたファラリウスは、手にかかった水を炎の熱で浄化し、最後にぱっぱと払った。
オレらの姿が完全に見えなくなるまで、ただ静かに、無表情に見つめた。
1次創作は楽しくも難しい。