07 きんとくろとしろ
捕鯨砲の銛を回収しようとロープを引き上げると、銛と共にお化け金魚の死体が海面に上がってきた。
改めて、船と並んだその大きさを見て、僕は息を呑む。
幸いにも一飲みにはされなかったが、あのままだと確実に命を落としていただろう。
あの時救ってくれたチィに、僕は心から感謝をした。
そのチィはと言うと、きらきらと瞳を輝かせながら巨大な金魚を見ている。
「これっ! すっごいねー! いーーっぱいたべれるね!」
「えっ……食べるの?」
「うん! チィ、こんなおっきいおさかなはじめてー!」
僕は、なおも「すごいすごい!」と興奮するチィと、海面に浮かぶ巨大な金魚の顔を見比べる。
「……まぁ、いっかぁ」
色々考えた末に、ロープで金魚と船を繋いで引っ張るような形にして、僕たちは先へ進むことにした。
相変わらず海水は濁ったままで様子が分かり辛いが、時折大きな金色の魚影を見た。
彼らはあの金魚と同じように見えたけども、一切襲ってはこず、船に寄り添うように泳いでは、スイと離れていく。
あの金魚が特別気性が荒かったのか、それとも、自分たちも殺されまいと避けられているのか……。
「この大きな魚たち、一体なんなんだろうね」
「わかんない!」
「だよね……」
魚影を警戒しながらも船を進めていき、僕たちはついにあの洞窟へと辿り着いた。
◇
その洞窟は、海にぽつんと浮かぶように存在していた。
入口の辺りだけが山みたいに盛り上がっていて、その後ろは真っ直ぐと伸び、段々細くなっている。
まるで、ビル程もあるような巨大な芋虫に土をかけたような……ともかく、自然に出来たとは思えないような、奇妙な形だった。
入口も生き物の口みたいに丸く綺麗な形をしていて、暗闇の中に吹き込む風の音が低く響いており、まるで洞窟が呼吸しているみたいだった。
「リクー! いこーいこー!」
「待ってよチィちゃん」
僕はふなじいの船から拝借したランタンを灯すと、先に行くチィの後を追った。
◇
真っ暗な洞窟の中。
その中は湿っぽく、生ぬるい空気に満たされていた。
壁は白っぽい岩のような見た目をしていて、わずかに軟らかい。
そして、少し進むと、酷い生臭さを感じた。
濁った海とはまた違う、血のにおいのような……。
僕は尻込みしたけども、チィはどんどん先へと進んでいってしまう。
「待ってチィちゃん。ここ、少しおかしいよ」
「チィはいきたーい!」
「でも」
僕の方を振り向きもせず、砂を踏みしめながら歩いていくチィは、やや興奮しているようにも見える。
思えば、集落で過ごし始めてから初めての遠出だった。
普段目にすることのない光景に、僕自身も興奮していないと言えばウソにはなるけど……それ以前にこの洞窟はどこかがおかしい。
「(これ、本当に普通の洞窟なのかな?)」
僕の不安をよそに、先を行くチィが暗闇へ消えそうになるのを見て、仕方なく僕もその後を追った。
しばらく進んでいくと、ひときわ広い場所に出る。
丸く広場のようになったそこには、様々ながらくたや何かの骨が散らばっており、壁が異様にボコボコと隆起している。
「すっごーい! いろいろおちてるー!」
チィは歓声を上げると、地面にしゃがんでがらくたを漁り始めた。
「チィちゃん、あんまり僕から離れないでね」
「わかったー!」
彼女は嬉しそうにがらくたを手に取り、何か面白いものを見つけようと夢中になっているようだった。
僕も彼女の行く先を照らしながら辺りを見回していると、ボコボコとした壁の一部に、大きな木の板が束になったようなものが挟まっているのを発見した。
「なんだろ、あれ?」
近づいていくと、それは壊れたボートのようだった。
中を覗くと、そこには――白骨化した人の死体が横たわっていた。
「……!!!」
初めてしっかりと目の当たりにする人間の死の姿に、全身の毛が逆立ち硬直する。
白骨死体は壊れたボートの部品や砂に埋もれるにして横たわっており、恐らく服だったであろう、ほとんど繊維になりかけた布が所々に張り付いていた。
「リクー! なんかみっけたー!?」
僕が気づいたときには、チィも駆け寄ってきていて、隣でその骨を見ていた。
「っ! ごめっ、チィ!!」
慌ててチィを引き剥がそうとするが、彼女はその場から動かない。
ただ、目を見開いて、その骨をじっと見つめていた。
「チィちゃん! 見ちゃダメだよ! これ、怖いやつだからっ」
「――あなた?」
彼女が呟く。
それは、彼女の見た目相応である大人の女性の、しっかりとした口調だった。