04 ぼうけんへ
ある日。
いつも通りに漁を終えて海から上がると、チィがうきうきとしながら駆け寄ってきた。
「リク、リク!! みてこれ、ひろった! なんかすごそうなやつ!」
チィが興奮気味に、泥だらけの何かを押しつけてきた。
伸び縮みする円錐形の筒のようなもので、慎重に限界まで伸ばしてみると、その全容が明らかになった。
それは、望遠鏡だった。
「これ……」
「イイもの!?」
「うん、たぶん。ちょっと待っててね」
海水につけて丁寧に泥を洗い流すと、思った通りの姿が現れる。
かなりしっかりとした作りをしていて、中に入っているレンズも無事だった。
「この細い方に目を当てて。そう、覗いてみて」
「……わ! リク、へんなかお!」
チィが望遠鏡でこちらを覗きながら、きゃらきゃらと笑う。
「僕じゃなくて、海とか見てみなよ」
「……! すごーい! うみが、めのまえにある! これなぁに!?」
「望遠鏡って言って、えーと、遠いところが近くに見える……道具? ……ともかく、僕おばちゃんとこ行ってくるから、ちょっとそれで遊んでてよ」
「わかったー!」
説明に詰まった僕が、おばちゃんに魚を渡して戻ってきても、チィはまだ夢中で望遠鏡を覗き込んでいた。
僕はその横で、水中メガネや銛の手入れをする。
「なんか見える?」
「んとねー、あながある!」
「穴?」
「うん! うみにねー、ぽこーって」
「チィちゃん、ちょっと僕にも見せて」
チィから望遠鏡を借りて覗くと、確かに海面が不自然に盛り上がり、その中心にぽっかりと黒い穴が空いていた。
「あれは……洞窟? なんであんな海の上に?」
まるで巨大な生物が頭だけを海面に突き出し、ぽかんと口を開けて獲物を待ち構えているようだ。
その光景は少し不気味だったけれども、不思議とわくわくしてくる。
「ね、ね! チィ、あそこいってみたい!」
「そうだね。僕も行ってみたいけど……さすがに無理かな。泳いでいくにしても、距離がありすぎるし……」
その時。
ボロボロの大漁旗を上げた小さな船が、僕らの眺める海上を横切っていくのが見えた。
その船を見た瞬間――、
「「あ!」」
二人で、同時に声を上げた。
◇
「船を貸してくれだぁ!?」
「うん、お願いします」
「ふなじい、おねがい!」
チィと一緒に頭を下げる。
船を操縦していたのは、ふなじいだ。
彼はこの集落で唯一のちゃんとした船を持っている。その船で遠くに出ては、魚を捕ったり、まだ使えそうな物を拾ってきてくれるのだ。
ただし、小さいその船に乗れるのは、二人が限界だった。
「ダーメだダメだ!」
「なんで!?」
「大事な船だぞ!? ガソリンも貴重だし、そもそもちゃぁんと操縦できねえのに貸せるわけないだろが!」
頭ごなしに拒否され、チィが頬を膨らませる。
「……僕、こないだ、ふなじいに乗り方教わったよ」
「だ・か・ら、あんなヨチヨチ運転で貸せるかってんだ! そもそも、二人で乗りてぇなんて、何がしたいんだ!?」
「海の上に、洞窟があるのが見えたんだ。そこに行ってみたくて……」
「洞窟ぅ……? あの穴ぼこのことか?」
「知ってるの?」
「知ってるけどもよ……あそこに行くなら余計にダメだ!」
「なんでー!?」
「あそこにゃあ変な魚がいんだよ! 鱗が金色でな、すんげーでっかくて、人間もひと呑みにしちまいそうな化けもんだ。下手すりゃあ船も壊されちまう!」
「そんなの、あのテッポーで、ばーん!ってやっつければいーじゃん!」
チィが指さす方向には、ふなじいの船に取り付けられた大きな大砲のようなものがあった。
「ありゃ鉄砲じゃねぇよ、捕鯨用の銛だ! 拾ったからつけてみたはいいが……満足に動きやしねぇ」
「ええ~!」
「ともかく、船は貸せないからなっ! 大人しく家に帰れっ!」
ふなじいはシッシッと僕たちを手で払うと、さっさと歩き去ってしまった。
「駄目かぁ~……しょうがない。帰ろう、チィ」
踵を返し、家に帰ろうとする。
が、チィはその場から動かなかった。
「そんで、夕飯までに明日の分のお水を汲みに……チィ?」
「リクくん。あれ、なんだろー?」
チィが指さしたのは、ふなじいが去っていった方だ。
その地面に、何か銀色に光る物が落ちていた。
それをまじまじと見た時、僕は、思わず目をまん丸に見開く。
僕はそれに近寄って、そっと拾い上げた。
「……ねぇ、チィちゃん」
「なぁに~?」
「後で僕と一緒に、ふなじいにごめんなさい出来る……?」
――僕の手の中には、船のエンジンをかけるための鍵があった。