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02 おわったあと



 水と空気の境界線から顔を出し、空気を目いっぱい吸い込むと、僕は再び線の下へと潜った。

 水中メガネ越しの景色。砂に半身を沈めたビルの影が、ぼんやりと青い水中に浮かび上がる。


 かつては人間でひしめいていた四角い建物たちも、今では魚たちの絶好の住処になっていた。

 僕は(もり)を手に、壊れた窓からビルの中へと入り、中にいる魚たちを次々と貫いては網へと入れていった。

 

 建物に侵入して、今の住民たちを次々と殺戮する僕。

 まるで凶悪犯のようだ――そんな考えがふと頭をよぎる。

 もっとも、裁く人なんて、もうどこにもいないけど。

 

 ビルの隙間を縫うように泳ぎ続けていると、海面越しに揺らぐ太陽が真上にあるのに気付いた。


「(そろそろかな……)」

 

 (もり)と網を掴み直し、元来た道を戻るように泳いでいき、いつもの場所から浜辺に上がる。

 そうして、魚の入った網を引き上げた時……。


「――あー、いたー!」


 幼児のように無邪気に笑いながら、一人の女性が駆け寄ってきた。


「リクー! おばちゃんがね、ごはんだからよんどいでって!」

「うん。そろそろだと思ったよ」

「それ! チィがもつー!」


 自分をチィと呼ぶその成人女性は、見た目にそぐわない幼い口調で言うと、僕の手から網を奪うように取る。

 そして、「ん!」と、空いている手を僕に突きだしてきた。

 僕は置いておいたボロいTシャツを着ると、温かいその手を引いて集落へ歩き始める。


「きょーはなにかイイものあった~?」

「ううん、何にも」

「そっか~……でも、おさかないっぱいとれたね! おばちゃん、よろこぶとおもう!」


 網を持ち上げながら無邪気に笑うチィに、僕も笑みを見せた。





 ある日のこと。

 水と空気を分けていた線がぐらぐらと揺らいだかと思うと、ぐうっと上に持ち上げられ、空気でしか生きられないものたちの大半を線の下に沈めてしまった。

 生き残った僕たちは、僅かに残った土の上に散らばって、みんなで仲良く暮らしている。


 この土地には、生き延びた20人程の人達が暮らしていた。

 けども、子供は僕……いや、僕と()()の2人だけ。



 ご飯を食べたあと、空になった網を手に、再び手を繋いで歩く。


「おばちゃん、よろこんでくれてよかったねー! リクくんはおさかなとりのてんさいだねー!」


 空になった網をぶんぶん振り回しながら、チィが嬉しそうに言った。


 


 

 チィは、僕よりもひと周りほど年上の女性だ。

 しかし、何か強いショックを受けて、中身だけが子供に戻ってしまったらしい。

 今では、一番歳の近い僕に懐いて、どこに行くにもついてくるようになった。


『リクくん。チィちゃんは、今は心が壊れてしまってるんだ。だから、治るまでは君が守ってあげてほしいんだよ』


 集落のお医者さんがそう言った時、チィが僕を不安げな瞳で見つめていたことを、今でも鮮明に覚えている。



 僕が握るチィの左手の薬指には、銀色の輪っかがはまっていた。

 それは彼女に大事な人がいた証で、その人がきっと……チィの心が壊れた原因なのだろう。

 

「ねえねえ、リクくん」

「なに?」

「チィね、リクといっしょにおさかなとりいきたいんだ~」

「もうちょっと大きくなったらね」

「みんなそーゆー! チィ、リクとおんなじくらいおおきいのに!」

「体じゃなくて、中身のことだよ」

「なかみってなに!? もー! わかんない! みんないじわる!!」

 

 頬を膨らませてぷりぷりと怒るチィの様子がおかしくて、僕は思わず笑いながら、自分たちの家のドアを開けた。



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