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01 “線”
※この作品には、津波等の天災に関する表現があります。また、精神的トラウマや幼児退行に関する描写が含まれています。
水槽を真っ正面からのぞいたとき。
水と空気の境目が、ゆらゆらとした線として見えるのがとても不思議で、僕は水槽に釘付けになった。
その線の下でしか生きられない金魚たちは口を必死にパクパクさせ、線の上からもたらされる僕たちの施しを待っている。
父の手からばら撒かれた茶色の粒が、次々に線を突き破って落ちていき、下で待つ金魚達の口へ吸い込まれていった。
「リク。面白いのかい?」
父が、金魚の餌を入れながら聞いてきた時、僕はにこにこ と笑いながら「うん」と答えた。
ゆらゆら揺らぐ線の下。
その狭い空間でしか生きられない金魚たちに、僕は幼い優越感を覚えていた。
――だけど。
あの水槽も、父も母も、家も街も世界も何もかも
空気と水の境目の、あの線の下に沈んでしまった。
僕たちが生きられない、暗い暗い線の下へ。
もはや今の僕たちより、あの時の金魚たちのほうが、自由になったに違いない。
これは、あの時の金魚を笑った罰だろうか。