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ワラビアンナイト(千笑一笑物語)第5夜【きつねの恩返し】

作者: 夢野来人

人を信じるとはどういうことなのか。信じるべきか、信じざるべきか。ああ、それが問題だ。

【きつねの恩返し】


 ある日、鶴に化けて遊んでいたきつねが罠にかかってしまいました。

「いてててて。こんなところに罠があったとは。人間の仕業だな。これが、おっとうが言っていた人間を信じるなってことか」

 不用意に草むらに足を踏み入れたきつねは後悔しました。しかし、もう後のまつりです。

どんなにもがこうが、足は罠から抜けません。

 そこへ、老夫婦が通りがかりました。

「おやおや。この鶴、痛そうに怪我をしておる」

「本当ですね、おじいさん。かわいそうなので、助けてあげてくださいな」

 おじいさんは、鶴の足を罠からはずしてあげました。老夫婦に助けられた鶴に化けたきつねは、急いで逃げていきました。

「そうか。やっぱり、人間はやさいしんだな」

 きつねは、罠を仕掛けたのも人間であるということは忘れ、助けてくれたのが人間であるということに感謝しました。


 何日かすると、老夫婦のもとへ若い娘が訪ねて来ました。

「すみません。今夜泊まるところがなく困っております。どうか、一晩泊めてもらえないでしょうか」

 とてもきれいな娘は、老夫婦に言いました。

「なんだか、かわいそう。おじいさん、泊めてあげましょうよ」

「そうじゃな。ご馳走はできぬとも、泊めてあげるぐらのことはできる。どうせ、わしらは二人暮らし。娘さん、一晩といわず好きなだけ居るがよい」

 こうして、娘は老夫婦のもとへ泊めてもらうことになりました。

「きたないところじゃが、この部屋を使いなされ」

 きつねは老夫婦から、一室を与えられました。

「ありがとうございます、おじいさん。おばあさん。泊めてもらえるだけで幸せですが、一つだけお願いがございます」

「何だい。遠慮なくお言い」

「昼間は何でもお手伝いをします。そのかわり、夜だけはこの部屋をのぞかないでほしいのです」

「そんなことならお安い御用じゃ。約束しよう」

 おじいさんは、気軽に返事をしました。

 その日の夜のことです。娘の部屋から、パタンパタンと何やら音がします。その音を聞いて、老夫婦はヒソヒソ話をしています。

「やっておる、やっておる」

「知らないふりをしていましょうね、おじいさん」

 次の日も、そのまた次の日も、娘の部屋からはパタンパタンという音が響いておりました。


 何日かすると、娘はなにやら茶色い織物を老夫婦に差し出しました。

「おじいさんとおばあさんが良くしてくれたお礼です」

 その織物は、とても汚らしくとうてい売り物になりそうにありませんでした。すると、やさしいと思っていた老夫婦の態度は急変しました。

「夜な夜なうるさい音を出して何をしているかと思ったら、こんな薄汚れた布を織っておったのじゃな」

「おじいさん。こんな娘は、家に置いておくわけにはいきませんね」

 今までのやさしさはどこへやら。老夫婦は怒って娘を追い出してしまいました。

 娘に化けたきつねは、寒風の吹きすさぶなか、泣く泣くその家を出て行くことになりました。

「人間のばかやろう。もう、人間なんか信じるものか」

 そのきつねを見ながら、おばあさんがつぶやきます。

「ちょっと、かわいそうでしたかね、おじいさん」

「いいや。これぐらいのことをせねば、身にしみぬじゃろう」

「これで、あの子も二度と人間には近づかなくなるでしょうね」

「ああ。ちょっとやさしくされると、すぐ人間を信用してしまう悪い癖がある。くれぐれも気をつけるように教えてやってくれと言うのがあの子のおっとうの遺言じゃった」

「そうですよね。あの方にはずいぶんとお世話になりましたものね」

「これで、やっと恩返しができたというものじゃ」

 そう言う老夫婦のお尻には、りっぱな尻尾が風にそよいでおりました。


きつねにはきつねの恩返しがあったのです。

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