表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第三部:戦闘民族編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/92

戦場に咲く死神

死神の鎌が、ゆっくりと持ち上がった。


震えている。


腕も、刃も。


それでもカテリーナは踏み出した。


骸の軍勢へ。


アンデッドが一斉に襲いかかる。


剣が振り下ろされる。


槍が突き出される。


カテリーナは身をひねり、かわす。


だがすべては避けきれない。


鎧が砕け、血が飛ぶ。


それでも進む。


鎌が振るわれた。


音はない。


ただ――


糸が切れる。


見えない糸。


肉体と魂を縛る、死霊術の糸。


それが断たれた瞬間、アンデッドは崩れ落ちる。


そして淡い光が、空へと昇っていく。


カテリーナの頬を涙が伝う。


「……ごめん」


鎌が振られる。


「ごめん……」


また一つ、魂が空へ還る。


戦場の奥へ、奥へ。


死神は進んだ。





遠くの瓦礫の上から、三つの視線が戦場を見下ろしていた。


ネクロス

モルグレイブ

ヴェイル


ヴェイルが、ふと目を細める。


「あら。」


指先でカテリーナを示した。


「あの子……命の炎が消えかけてますわ。」


ネクロスが肩を揺らして笑う。


「ほぉ。そりゃ好都合やわ。」


「命を刈り取る者が、


気づけば、誰よりも速く


自分の命を奪われとる。」




長い舌で唇をなめる。


「死神ごっこも、そろそろ終いやな。」


モルグレイブが、くつくつと喉を鳴らした。


「じゃあ……」


腐った歯を見せて笑う。


「たべちゃおうか。」





三つの影が、彼女の前に立ちはだかる。


カテリーナの目が大きく見開かれた。


「あ……」


喉が震える。


「……兄上……父さん……母さん……」


次の瞬間。


三体のアンデッドが、同時に襲いかかる。


だが――


カテリーナの鎌は、動かなかった。

――動けなかった。


脳裏に、幼い日の記憶がよみがえる。


兄と取っ組み合いの喧嘩をした日。


二人を引き離した父が、静かに言った。


「戦闘民族とは、暴力集団ではない。」


低く、重い声。


「戦う理由を選べる種族だ。」


父の目が、まっすぐにカテリーナを見る。


「カタリーナ。お前は叩く理由があったのか?」


幼い彼女は、言葉に詰まった。


横で兄が鼻を鳴らす。


「このチビ、すぐ手ぇ出すんや。」


母は苦笑しながら二人の頭を軽く叩いた。


「あなたたち、本当に仲がいいわね。」


「誰がこんなチビと仲良しや!」


――その兄が、今。


腐った腕を振り上げ、カテリーナへ襲いかかる。


カテリーナの瞳から、涙がこぼれ落ちた。


そのときだった。


「カテリーナ。止まるな。」


父の声だった。


アンデッドとなった父が、剣を構える。


「我々のことは気にするな。」


濁った瞳の奥で、かすかな光が揺れる。


「体は支配されても――」


父は低く言った。


「魂までは支配されん。」


兄が短く笑う。


「そういうことや、泣き虫の妹。」


母が、やさしく微笑んだ。


「カテリーナ。進みなさい。」


三人の武器が、同時に彼女へ向けられる。


「戦闘民族は、戦う理由を選ぶ種族なのだから。」


カテリーナは、涙を拭った。


震える手で、鎌を握り直す。


「みんな、ごめん!」


カテリーナは3人の魂の糸を切った。


魂が空へと消えた。


カテリーナの膝が崩れた。






三つの影が、ゆっくりとカテリーナへ歩み寄る。


ネクロスが笑う。


「終わりやな」


モルグレイブが舌を出す。


「食べていいか?」


ヴェイルが小さく肩をすくめた。


「死神も、所詮は人間ですものね」


カテリーナは立てない。


鎌も、もう握れない。


そのときだった。


モルグレイブが指を鳴らす。


「ほら、餌だ」


地面が弾けた。


ピンク色の魔獣が飛び出す。


ぐにゃりと歪んだ肉の塊。

大きく裂けた口。


魔獣はカテリーナの身体を、がぶりと咥えた。


「――っ!」


そのまま空へ跳ね上がる。


高く。

高く。


そして――


空中で、口を大きく開いた。


落ちてくるカテリーナを、丸呑みにするために。


ネクロスが笑う。


「終いやな」


その瞬間――


轟音。


空気が裂けた。


ピンクの魔獣の顔面が、横から叩き潰される。


巨大な拳だった。


魔獣の身体が空中で回転し、

瓦礫の山へ叩きつけられる。


地面が爆ぜる。


砂煙の中から、ひとりの少女が歩み出た。


ヴェントラだった。


彼女は、落ちてきたカテリーナを受け止め…きれず、押しつぶされる。


「ぎゃぁ…痛てて」


ため息をついた。


「ほんと、世話が焼けるわね」


その背後で――


巨大な影が動いた。


空を覆う翼。


深淵のような瞳。


黙示竜アポクリュファ。


ヴェントラは振り向きもせず、肩越しに言う。


「ほらね」


「来ると思った」


低い声が、空を震わせた。


「……勘違いするな」


アポクリュファの瞳が、ネクロスたちを見下ろす。


「我は助けに来たのではない」


竜の吐息が、戦場を震わせる。


「我の(つがい)に、手を出した愚か者を」


静かに言った。


「消しに来ただけだ」


「もう、照屋さんなんだから~」






鎌が地面に落ち、乾いた音を立てる。


死神化の炎は、もうほとんど消えかけていた。

胸の奥の命の灯が、今にも消えそうに揺れている。


その時だった。


背後から、聞き慣れた声がした。


「……カテリーナ」


かすれた声。


振り返る。


そこに立っていたのは、

さっき自分の手で魂を解き放ったはずの――


父だった。


カテリーナの目が見開かれる。


「……父さん?」


父は、いつものように肩をすくめて笑った。


「ひどい顔だな」


「昔、木から落ちて泣いて帰ってきたときの顔を思い出す」


カテリーナの喉が震える。


「……そんな昔の話」


父は少し空を見上げた。


「覚えてるさ」


「お前はそのあと、悔しくてまた木に登った」


「で、また落ちた」


遠くで、母の声が笑う。


「三回落ちたのよ」


兄の声も混じる。


「四回だ」


カテリーナの目から涙がこぼれた。


父は振り返り、後ろの魂たちを見た。


そこには、

メイダの戦士たちの魂が並んでいた。


父は静かに言う。


「なあ、お前たち」


「この子に、魂を預ける気はないか?」


戦場が静まる。


一瞬の沈黙。


そして――


誰かが笑った。


「何を今さら」


「当たり前だろ」


「俺は最初からそのつもりだ」


「俺もだ」


「俺も」


「俺もだ」


声が次々と重なる。


満場一致だった。


父は頷いた。


そしてカテリーナの肩に手を置く。


温かかった。


「聞いたか」


「これが答えだ」


父は胸を張る。


「お前はな」


少し誇らしそうに笑う。


「わたしたちの――」


後ろの魂たちが声をそろえた。


「自慢の子だ」


その瞬間。


魂の光が一斉にカテリーナへ流れ込んだ。


胸の奥の灯が――


爆ぜる。


消えかけていた炎が、

嵐のように燃え上がった。


地面に落ちていた鎌が、

カテリーナの手へ戻る。


カテリーナが立ち上がる。


その背後に、無数の魂が立っていた。


メイダの戦士たちの魂。


父も、母も、兄も。


カテリーナは静かに言った。


「……行くよ」


その声は、もう震えていなかった。


「みんな」


死神の炎が、戦場を照らした。




ネクロスが、くくっと笑った。


「ほぉ……まだ立つんかいな」


ヴェイルが細い指を伸ばす。


「死神ごっこ、第二幕ですわね」


モルグレイブは腹を抱えて笑った。


「じゃあ遊ぼうか!」


その瞬間――


三人が同時に動いた。


ネクロスが杖を地面へ突き立てる。


「縛れ」


地面から無数の黒い腕が伸びた。


死霊の腕。


カテリーナの足首を掴む。


腰を掴む。


腕を掴む。


ヴェイルが静かに指を振る。


「逃がしませんわ」


空間が歪んだ。


見えない刃が、空中を切り裂く。


魂の炎を削り取る、呪詛の刃。


カテリーナが鎌を振る。


一つ切る。


二つ切る。


だが――


間に合わない。


その瞬間。


モルグレイブが跳んだ。


巨大な拳が振り下ろされる。


カテリーナは鎌で受けた。


轟音。


地面が陥没した。


衝撃で膝が折れる。


ネクロスが笑う。


「ほらな」


ヴェイルが囁く。


「もう終わり」


モルグレイブが口を裂いて笑う。


「ぐちゃぐちゃだ!」


再び拳が落ちる。


カテリーナの身体が吹き飛ぶ。


瓦礫を転がる。


魂の炎が大きく揺れた。


ネクロスが歩く。


ゆっくりと。


「三対一や」


杖を肩に担ぐ。


「勝てるわけないやろ」


ヴェイルが優雅に微笑む。


「死神も、所詮は舞台役者」


モルグレイブが笑う。


「幕引きだぁ!」


三人が同時に動いた。


だが――


その瞬間。


「カテリーナぁぁぁ!!」


空から声が響いた。


ヒッポグリフが旋回している。


その背に立つのは、パパタロー。


「これでも喰らえ!」


火球が落ちた。


ネクロスの足元が爆ぜる。


爆風でアンデッドの軍勢が吹き飛ぶ。


その瞬間――


もう一つの影が空から落ちた。


エリスだった。


空中で剣を抜く。


だが、刃は振り下ろされない。


カテリーナの前に、影が落ちた。


次の瞬間――

ひとりの少女が、地面へと着地する。


迫ってきたアンデッドの剣が振り下ろされる。


だが。


銀の刃が横薙ぎに走った。


――ガンッ!!


金属がぶつかり、火花が散る。


アンデッドの剣は弾き飛ばされ、瓦礫へ突き刺さった。


エリスは振り向かない。


ただ剣を構えたまま、短く言う。


「遅くなった」


カテリーナの喉が震える。


「……エリス様」


エリスは小さく鼻で笑った。


「様はいらない」


もう一度、剣を構え直す。


その視線は、ネクロスたちへ向けられていた。


「まだ終わってないだろ」


その背中は、小さい。


だが――


死神の前に立つその姿は、

誰よりも大きく見えた。


「立て、カテリーナ」


エリスは静かに言った。


「戦場で寝るのは、まだ早い」



遠くの空から、獣の咆哮が響いた。


ヒッポグリフの翼が、戦場の煙を切り裂いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ