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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第三部:戦闘民族編

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背の楔(くさび)

ボン!


次が来る。


一体、二体――違う、もう三体。

バルーンアートじみた四脚のふざけた顔した風船魔獣が、

獲物を追うこと自体を楽しむペットのように、

キュッ、キュッという足音と共に重力を感じさせない不自然な高さまでバウンドし

ヴェントラの馬車へ飛び跳ねてきた。

軽くて安っぽく、それでいて神経を逆撫でする高音で

横腹に、直撃。


「ぎゃああっ! いや、いやいやっ!」


反射的に手綱を引きながら、

ヴェントラは進行方向を見る。


――飛んでいる。


「まずい! ここは」


言い切る前に。


ボン、ボン、ボン。


「うわっ!」


衝撃。


弾けた瞬間、ピンクの液体が夜へ散り、

視界を汚し、

音を残し――


次の瞬間には、戻る。


同じ場所に。

同じ高さに。

同じ距離で。


増えたのではない。

終わっていないだけだ。


新手が、同じ場所に張り付く。


車輪に絡む。

(ほろ)に噛みつく。

御者台(ぎょやだい)へ跳ね上がる。


「――ちっ!」


カテリーナが踏み替え、

ウォーハンマーを低く振り、魔獣を引き落とした。


ボン。


一体潰れる。

空気と粘液。


止まらない。


右――

ボン。


左――

ボン。


背後――

同時に三体。


「多すぎますわね!」



※※※※ ※※※※


遠くから、

ただ一つの視線が、それを見物していた。


モルグレイブだった。


岩陰に腰を下ろし、足をぶらつかせながら、

ポケットに手を突っ込む。


――ビスケットが一枚。


取り出して、

軽く、指で叩く。


パチン。


もう一枚。


「お」


もう一度。


パチン。


増える。


「増える、増える」


口笛まじりに、鼻歌をうたう。


♪ たたけば増える

こわしても増える

へらへら笑って

また戻る~


「ええ歌やなぁ」


視線の先では、

馬車が跳ね、

風船魔獣が弾け、

人が必死に逃げている。


モルグレイブは、

ビスケットを一枚、口に放り込む。


「ほれほれ!」


パチン。


また増えた。


「壊しても無駄やでぇ。

 遊びは、

 参加してくれる人がおらんと、

 おもろうならへん」


くつくつと笑いながら、

視線だけを投げる。


風船魔獣が、

まるでそれに応えるように、

一斉に跳ねた。


「ええなぁ……」


「逃げるのも、

 叫ぶのも、

 音を立てるのも――

 ぜんぶ、ええ燃料や」


最後の一枚を、

わざと落として、踏み砕く。


くつくつと笑いながら、

モルグレイブは、まだ見ていた。


「目が合った? ……まさか」


白手袋のまま、

指が一本、立った。


その瞬間。

――雷が落ちた。


モルグレイブの足元ではない。


彼が腰を下ろしていた岩壁。

影に身を預け、

“見物席”として選んだ場所。


ドンッ!!


閃光。

爆音。


岩が砕け、

影が吹き飛び、

その音が――空へ抜けた。



谷の奥から、重い羽音が返ってくる。


低い共鳴。

空気が、押し返される。



安全だった距離が――消える。


遅れて、衝撃波。


谷が、揺れた。


モルグレイブの笑いが、

ほんの一瞬だけ、途切れる。

「……お?」


熱風が、頬をかすめた。


カテリーナは、見ていなかった。


※※※※ ※※※※


振るほど増える。

割るほど距離が詰まる。


馬車が跳ねる。

軸が悲鳴を上げる。


ヴェントラが手綱を引き絞る。


「来る、来る……!」


前からも来た。


「こんな所で騒いだら――黙示竜に見つかる!」


「……竜?」


問い返す間もない。


道脇の闇から、

風船犬が跳び込んだ。


屋根。

御者台。

荷台。


ボン、ボン、ボン、ボン!


音が重なる。


カテリーナは振らない。

叩かない。


押す。


体当たりで一体を落とし、

足で一体を蹴り飛ばす。


だが――


車輪に絡んだ一体が、膨らんだ。


重い。

異様な重さ。


「――まずい!」


ギシッ!!


馬車が傾く。


横。

さらに、横。


背後で、風船魔獣が一斉に――


引かれた。


「ッ――!」


違う。


上だ。


「見つかった!」


空が裂ける。


黙示竜が、急降下した。


狙いは馬車か、風船か。

判断する間もない。


風圧だけで、世界が潰れた。


回転。




「はい、さいならー」

遠くで、

モルグレイブが軽く手を振っていた。


(しかし、えらいもんが飛んできたなぁ)



次の瞬間――


木が砕け、

金属が鳴り、

視界が反転する。


前方――

何もない。


崖。


落ちる。


馬車ごと。

風船魔獣ごと。


即刻、

空気が変わった。


下から吹き上げる風。

熱。

影。


巨大な影が、下を横切る。

カテリーナは跳んだ。


落下。

衝撃。


硬い。

熱い。

鱗。


背中。


落下が、止まる。


風船魔獣たちは、そのまま下へ。


ボン、ボン、ボン――


弾ける音が、闇に沈む。


カテリーナは必死に掴む。


――異物。


刺さっている。

黙示竜の背。

片翼の根元に、黒く打ち込まれた楔。


竜が、咆哮をあげた。


空中で、カテリーナはウォーハンマーを振り上げた。

狙いは竜の肉ではない。

片翼の根元に打ち込まれた、あの痛々しい楔だ。


落下の勢いを殺さず、

体重と回転をすべて乗せて――

叩きつける。


――ギンッ!


金属同士が噛み合い、

ハンマーの刃が、楔の頭に深く食い込んだ。


次の瞬間、彼女は迷わない。


両手で柄を握り直し、

腕、肩、背、脚――

全身を一本の線にして、引いた。


引き剥がす。


――ギィ、ィィィィン!!


金属が悲鳴を上げ、

古い契約が、音を立てて崩れ落ちた。

噴き出した熱い血が、彼女の冷静な視界を真紅に染め上げた。


「……お片付けの時間は、終わりですわ」




失速。


巨体が、重力に引かれる。


再び、落ちる。


血が飛び散り、白手袋が汚れ、制服が裂ける……。


カテリーナを赤く染めた。


このままでは、叩きつけられる。


「――落ちるっ!!」


意識が戻ったのは、崖底が迫る寸前だった。


翼が開く。


空気を掴む。


ギリギリで軌道が変わり、巨体が滑り込むように減速する。


――ドンッ。


地面が揺れ、砂と岩が跳ねた。


黙示竜は、崖底に着地した。


荒い呼吸。

低い唸り。


カテリーナは、背中で膝をついた。



荒い呼吸。

低く、地鳴りのような唸り。


カテリーナは、竜の背で膝をついたまま、動かなかった。

立たない。

ただ、落ちた血を、白手袋で拭う。


そのとき――


声がした。


空気を震わせるでもなく、

耳に届く音でもなく、

意味だけが直接、届く声。


「――背中の赤き者よ」


カテリーナは顔を上げない。


「我が楔を、よくぞ抜いた」


黙示竜の首が、わずかに動く。

振り返らない。

見下ろさない。


「古の契約は、これで終わった」


「人は、恐れた。

だから、我を縫い止めた」


「黙示を遅らせ、

結論を先送りにし、

その代償として――

地を、捨てた」


低い声に、怒りはない。

責める色もない。


事実の列挙だけ。


「楔は、木の契約。

破られぬ代わりに、

誰も殺しも救いもせぬ契約だった」


カテリーナは、短く答える。


「存じていますわ」


竜の呼吸が、一瞬だけ、止まる。


「ならば問う」


「なぜ、抜いた」


理由を語る余地はない。

彼女は、言い切る。


「止める理由が、ありませんでした」


「救いは、求めぬか」


「求めません」


「力は」


「不要です」


「恐れは」


「……ありますわ」


その答えに、

黙示竜は――初めて、動きを止めた。


「よかろう」




「ならば、理解しておけ」


「黙示とは、未来を告げることではない。

お前が選び続けた先で、

もはや避けられなくなった“形”を、

ただ示すだけだ」


「人は、嘆くことをやめ、

その境遇を受け入れた時、

物語を加速させるのだ」


「正しさも、救いも、

我は与えぬ」


「それでも――選ぶか」


カテリーナは、背筋を伸ばす。


「はい」


それだけ。


誓詞もない。

血の杯もない。


「よかろう」


「ならば、聞け」


「我は、

お前が選び続ける限り、

黙示を、言葉として示そう」


「逃げぬ限り、

先送りせぬ限り、

我は――裁定を急がぬ」


風が、静かに流れ出す。


「これより、我は自由」


「そして、お前は――責任を負う」


カテリーナは、うなずく。


「我が名は、アポクリュファ。

だが、我は名を呼ばれることを望まず。

名は、理解したつもりになるための器だ。

理解されぬまま示される方が、真実は長く残る。」


「承知しましたわ」


黙示竜は、ゆっくりと翼を畳んだ。


――契約は、

交わされた。


木でも、鉄でもない。

選択と責任だけで結ばれた契約が。


その背で、

竜の血で染まったメイドは、静かに立ち上がった。


「視座を使え」


竜の声が、岩の内側で共鳴した。

耳に届く音ではない。

意味だけが、直接、頭蓋の内に落ちる。


「お前が求めているものを、見せてやろう」


カテリーナは、息を止めた。


求めているもの。

――王。

――故郷。

――滅びの“原因”。


だが今、胸の奥で最初に浮かんだのは、

別の顔だった。


碧い瞳。

冷たい声。

魅力を消して、なお折れない背。


もう、この世にはいないかもしれない…。

顔を思い出すと

世界の“焦点”が外れた。

音は、消える。


竜の声が聞こえたわけではない。

意味だけが、骨に刺さる。


――見せる。

――視座。


視界が、ひっくり返った。


闇。


――地下。


ランタンの光は布越しに落とされ、

輪郭だけが、淡く揺れている。


音はない。

足音も、鎖も、悲鳴も――届かない。


見えるのは、口の動きと、手の合図だけだ。


視線が落ちる。


足元の水たまりに、少女が映った。


エリス。


自分の顔を見ているのではない。

水面に映った“自分”の輪郭すら、消している。


次の瞬間、視界が前へ戻る。


槍の穂先。

首輪。

鎖。

死んだ目。


少年が踏み出す。


エリスの指が一本立つ。

“止まれ”。


命令は声ではなく、形で投げられる。


白い粉が、舞った。


舞ったはずの粉が、空中で止まる。


水が、薄く落ちたのが見えた。

霧ではない。

呼吸を奪わない、薄い雨。


粉は床に貼りつき、

闇が線になる。


“戻れる道”。


その線の先で、糸が浮く。


首輪から。

手首から。

足元から。


細い影が伸びて、

奥へ、一本に束ねられている。


視界の端で、誰かの指が立つ。


パパタローだ。


剣は抜かない。

指先で、属性を切り替える。


火の熱が生まれ――

すぐに消える。


地下。

粉。

燃えれば終わる。


水が、一条の直線になる。


細い。

鋭い。


糸の束ね目へ――

露のように、ぱち、と当たった。


糸の張りが、一拍遅れる。


その“遅れ”を、エリスが拾う。


マリアの手が、首輪へ滑り込む。

ソフィアの布が、視線を切る。

アンが柄で押し、刺させない壁になる。


連携が、見える。

呼吸は見えないのに、角度は揃っている。


そして――奥。


艶のある輪郭が、ゆっくりと“笑う形”を作った。


口が動く。

言葉は聞こえない。


けれど、

甘く湿った“意図”だけが見える。


――ヴェイル。


胸元で、ペンダントが脈打つ。

どくん、どくん。


その拍に合わせて、

首輪の金具が震えるのが見えた。


カテリーナの喉の奥が、ひゅ、と狭くなる。



視界が、跳ねる。

戻る。


崖底。

竜の背。

熱と血の匂いが、いきなり現実に戻ってくる。


カテリーナは、白手袋のまま拳を握った。


視界の奥――

地下の闇に残った、あの碧い瞳を思い出す。


「……よくぞ、ご無事で……」


言葉は、届かない相手に向けて落ちた。


続けて、もう一つ。


「……パパタローさんまで……」


安堵ではない。

次の判断のために、胸の中へ沈める確認だった。



声は小さく、崖底の空気に溶けた。

目の前の誰に向けた言葉でもない。

届いてほしい相手は、ここにはいない。


その瞬間。


「え? 何があったの……?」


かすれた声。


ヴェントラが、ゆっくりと目を開く。

視界が揺れ、空があり、岩があり――


そして。


竜がいた。


黙示竜の巨体が崖底に伏している。

折りたたまれた翼。

カテリーナが、その背で血を拭っている。


ヴェントラは、言葉を失ったまま瞬きを一つ。


「……あっ」


勘違いに気づいたように、口が止まる。

パタッ

そして、そのまま――

その場で気を失った。




谷底から空を見上げる。


「……青いな」


呟いたのが誰だったか、カテリーナは一瞬だけ分からなかった。


黙示竜だ。

楽しそうですらある。


――いや。

“楽しそうに見える”だけかもしれない。


「ワシも付いていこう。

 お主の行く末に興味がある」


黙示竜の口が動いた。


だが――音は鳴らない。

声は風にも、空気にも乗らない。


意味だけが、頭蓋の内に落ちた。


次の瞬間。


夜の輪郭から、巨体が削がれていく。


鱗が霧になり、

骨格が線になり、

熱が出たかと思うと、蒸気が立ち込め、

そして――人の黒影が立った。


整った顔の男が、場違いなほど静かに立っていた。

見惚れるはずなのに、なぜか目が逸れる。

声は出ない。出ないのに、頭の奥で“理解”だけが進む。


紳士的な洋装だった。


旅装ではない。

埃を被るはずの谷底で、なぜか皺'(しわ)ひとつ増えない。

黒い上着は光を吸い、襟元はきっちり閉じられている。

痩せているのか、のどぼとけが、目立つ。

手袋まで揃っているのに、どこにも“生活”の匂いがない。

その整い方が、逆に不自然だった。


――人の形を借りただけ。


そう言われた気がした。

音はないのに、理解だけが落ちてくる。


――行くぞ。

――足で選べ。

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