甘味屋、本陣にて
「こらこら!
なんで、ここを本陣にしてんだよ!」
甘味屋《アイナリマンドゥ屋》の店主、マルコが叫んだ。
店の中では、エリスを中心に、メイド十三人衆、パパタロー、カリン、ムニンが即席の机を囲んでいた。
地図、包帯、武具、焼き菓子。
甘味屋と戦場が、無理やり同居している。
エリスは一歩前に出て、深く頭を下げる。
「店主、申し訳ありません。
ここが一番、人を守れる場所だと判断しました」
「んー……? あれ、お前は……」
どこかで見たような顔だ、とマルコは目を細める。
「姫に向かって“お前”とは! なんたる無礼!」
鋭く噛みついたのはアビゲイルだった。
半歩前に出ただけで、空気が張り詰める。
「これ、しずまれ」
エリスが短く制する。
「……失礼しました」
アビゲイルは即座に身を引いた。
「え? 姫?」
マルコは困ったようにパパタローを見る。
「まぁ、いいじゃないか」
パパタローは軽く肩をすくめた。
エリスは返事をせず、地図の端を指で叩く。
「市場の菓子屋。
《アイナリマンドゥ屋》を本陣にします」
戦場の空気が、一気に甘くなった。
「……おい」
カウンターの向こうで、粉まみれのマルコが腕を組む。
「なんで俺の店が前線基地なんだ」
「わりー」
あっけらかんと、パパタロー。
「ここしかなくってさ」
「理由になってねぇ!」
即座にツッコミが飛ぶ。
「だって最初にメイドさん達が来た時さ」
悪びれもせず、パパタローは続ける。
「でれーーってしてたじゃん」
「してねぇ!!してねぇが!?!?」
その瞬間、メイド達が一斉にマルコを見た。
誰も、否定しない。
「……ここまで増やすな!!」
マルコが叫ぶ。
「最初は四人だったろ!?
今、何人いる!?」
「えーっと」
ムニンが指を折る。
「メイド十二、指揮官一、補助二……」
「あと猫一匹」
「猫は数に入れるな!!
いや入れろ!!
どっちでもいい!!」
そのとき、ムニンがぼそりと言った。
「よくその言葉遣いで、甘味屋できるのにゃ?
顔もいいのににゃ」
マルコは一瞬きょとんとしたあと、
むっ、とした顔でムニンを見る。
「……うるせぇ」
そう言いながらも、
どこかまんざらでもなさそうだった。
エリスが、もう一度前に出る。
今度は、誰にでも分かる所作で。
深く、丁寧に頭を下げた。
「店主殿」
「当座、
厨房は後方補給、
客席は待機・連絡、
地下は避難導線としてお借りします」
「損害は、必ず補償します」
一瞬、マルコは言葉を失った。
目の前の少女は、
“姫”ではない。
――指揮官だった。
「……」
長い、ため息。
「……あー、もう……」
「……親父の形見だ、焼き台、壊すなよ」
「承知した。」
エリスは即答した。
「ほら」
パパタローが小声で囁く。
「いけるって言ったじゃん」
「お前は黙れ」
その瞬間。
市場の甘味屋は、
即席の本陣になった。
甘い匂いの中で、
地図が広げられ、
武具が整えられ、
出撃の準備が始まる。
誰も、英雄的な顔はしていない。
だが――
戦場に一番必要な場所が、
ここに出来上がった。
「店主殿!」
エリスの声が、甘味屋の空気を引き締める。
「なんだ?」
マルコが嫌な予感しかしない顔で振り向いた。
「このテーブルの下ですが、
下水通路へ通じる構造になっております」
「……あ?」
「本陣より地下へ侵入します。
床を破壊いたしますので、ご容赦ください」
「なに!!」
抗議の言葉が最後まで出る前に――
「作業開始」
エリスの短い号令。
一斉に、メイド達が動いた。
ためらいはない。
迷いもない。
床板の継ぎ目を見極め、
最小限の破壊で、最大の開口を作る。
――ガンッ!
――バキィッ!
一瞬だけ木材が悲鳴を上げ、
次の瞬間には、整った円形の穴が現れた。
下から、冷たい空気と湿った匂いが吹き上がる。
「……」
マルコは、開いた口が塞がらない。
「……床、壊しやがった……」
アビゲイルが即座に答える。
「ご安心ください。
帰還後、元より丈夫に補修いたします」
「そういう問題じゃねぇ!」
だが、その声には、
もはや怒りよりも呆然が混じっていた。
エリスが一歩、穴の縁へ。
マルコは、思わず息を吐く。
「……ほんとに、姫なんだな」
「今は、指揮官です」
エリスはそう答え、穴の縁へと向き直る。
「地下より侵入。
四人一組で降下します」
メイド達が一斉に動き出す。
甘味屋《アイナリマンドゥ屋》は、
文句と粉と覚悟を抱えたまま――
完全に、本陣として機能し始めた。
甘い匂いの残る本陣から、
戦場は地下へと続いていく。
「奴隷商、殲滅作戦開始!」




