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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第三部:戦闘民族編

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微笑みの帰還

それは、唐突な宣言から始まった。


「我は、戦場に復帰したいんです」


一瞬、空気が止まった。


パパタローとルミエル、カリンが、ほぼ同時にエリスを見る。


「……はい?」


聞き返した声に、怒気も否定もない。

ただ――


(今、我とか、戦場とか、復帰とかって言った?)


誰も口には出さなかったが、同じ疑問が、同時に三人の頭をよぎっていた。


その視線を受け止めるように、エリスは背筋を伸ばす。


――ああ、なるほど。


この一人称は、照れでも癖でもない。

立場を切り替えた合図だと、ルミエルだけが、先に理解した。


つい先ほどまで、湯気の立つお茶を両手で抱えていた少女の姿は、もうない。


足を揃え、肩を引き、視線を真っ直ぐに据える。


つられて、皆の背筋も伸びた。


そこに立っているのは――戦士だった。


「復帰、です。

 離脱期間は……十分すぎるほど、いただきました」


淡々とした口調。

感情を抑えた、報告の声。


「現在、戦闘行動に支障はありません」


沈黙。


パパタローは言葉を探し、

カリンは目を瞬かせ、

ルミエルだけが、すべてを理解したように目を細めた。


「……エリスさん?」


パパタローが、慎重に口を開く。


「ここは戦場じゃないぞ?」


「承知しております」


即答だった。


「ですが我は、戦闘民族メイダの姫。

 守られる立場ではなく、立つ立場です」


「戦闘民族メイダだって!? しかもお姫様!?」


「はい。……言っていませんでしたか?」


「初耳だよ!」


「知ってたら、ヴィクター領のメイドの方に連絡してました!」


エリスは一瞬だけ目を瞬かせる。


「生き残りが、いるのですか?」


驚きではない。

戦況確認の声だった。


「エリザベス、キャサリン、マリア、ソフィア、アン、リディア、

 ジュリア、ヘレン、イザベル、エレノア、アビゲイル、クララ。

 それと、カテリーナ。十三人だ」


パパタローは指を折りながら、淀みなく名を挙げた。


その一つ一つに、エリスの瞳がわずかに揺れる。


驚きではない。

確認だ。


かつて名簿として、訓練場で、

あるいは血と土の匂いの中で呼ばれた名。


「……そうか」


小さく、しかし確かな声。


「健在であったか。うれしいのぉ」


胸の奥で、何かが静かに、しかし確実に戻ってくる。


エリスは、もう“助けられた少女”の場所には立っていなかった。


「それに――」


小さく息を吸う。


「我はパパタロー様に拾われ、命を救われました。

 このご恩に、戦士として報いたいのです」


(重い……!)


カリンが内心で呻く。


ルミエルは、ふっと鼻で笑った。


「なるほどの。

 ズレておったのは、妾たちの理解の方か」


一歩前に出る。


「エリス。

 そなたにとって、メイド服とは何じゃ?」


「戦闘服です」


即答だった。


「メイダにとって、仕える装いは誓い。

 主の背後を守り、命を預けるための正装です」


――そう来たか。


「……つまり?」


「はい」


深く一礼する。


「パパタロー様。

 メイド服を賜りたく存じます」


「え、そこ!?」


だが、ルミエルは頷いた。


「よい。理に適っておる」


「メイダの姫が戦に復帰する。

 その初陣が――旧リスフェルド領、というわけじゃな?」


「はい。

 死んだはずの王が、生きております」


空気が冷えた。


「メイダとして。

 王に、安らかに眠っていただきます」


――メイダの姫として。




やがてパパタローが、ゆっくり息を吐く。


「……分かった。

 その話、どこで知った?」


「王国を追われるときに、見ていました。

 奴隷にされても……そのことだけは、見失わずにいました」


パパタローは頭を掻き、苦笑した。


「だからか。

エリスの瞳、死んでなかったんだな」


そして、少し照れたように、率直に言う。


「……メイダとかじゃなくてさ。

エリス、お前――すごいよ」


(きゃぁ……

パパタロー様に、褒められた……!

もっと、褒めて……)





ヴィクター邸は、変わらぬ静けさの中にあった。


だが、その扉が開かれた瞬間、

空気は確かに、揺れた。


ヴィクターは一行を一目見るなり、

柔らかな笑みを浮かべて迎え入れる。


「これはこれは、お越しいただき光栄ですわ。

 どうぞ、遠慮なくお入りください」


次の瞬間だった。


エリスの姿を認めたメイドたちが、

ほとんど同時に息を呑み――


「エリス様!!!!」


歓声とも、悲鳴ともつかぬ声。


名を呼ぶ声が重なり、

誰かが泣き、

誰かが膝をつき、

誰かがただ、手で口を覆った。


それは再会だった。

失われたと思っていたものが、

確かに、ここに立っているという現実。


ヴィクターは一歩、前に出る。


今度はパパタローを見据え、

低く、落ち着いた声で告げた。


「貴方という人は……

 なんという星の下に生まれたのか……

 まさか、メイダの生き残りの姫を、

 己の手で見つけてしまうとは――」


それは驚嘆ではない。

運命を突きつけられた者の声音だった。


「いや、知ったのは、ついさっきのことだよ」


照れたように肩をすくめる。


ヴィクターの目に、一瞬の戸惑い。

だがすぐに、安堵にも似た光が宿った。


「運命を、普段の生活のように受け止められているとは……

 パパタロー殿らしいですな」


軽く笑みを浮かべて、続ける。


「今日は、メイドの仕事にはなるまい。

 そんな日も、あってよかろう」


その言葉とともに、

張りつめていた空気が、ふっと緩んだ。


だが――

それは、嵐の前の静けさでもあった。


夜が更けても灯りは消えず、

針は止まらず、

誰一人として休もうとはしなかった。


それは衣服ではない。

血と誓いを縫い込む、儀式だった。


徹夜の末、完成したメイド服を前にして、

十二人は静まり返った。


リディアが、一歩前へ出る。


「本来なら……

 本来なら、カテリーナから

 パパタロー様にお渡しすべきメイド服でございますが……」


涙を拭い、告げる。


「不在のため、

 私――リディアから、献上いたします」


パパタローは戸惑いながらも、

差し出されたメイド服を受け取った。


そして――

彼の前で片膝をつくエリスの肩に、

そっと、メイド服を置いた。


「パパタロー様、ありがたく、頂戴いたします」


(これで……! これでっ……!)


その瞬間、

張り詰めていた糸が切れたように、


拍手が起こった。

涙と、祝福とともに。


「……これでパパタロー様は、我主わがあるじです」

「もう、離れられません」


(わぁ……どさくさに紛れて、言っちゃった……。

ルミエル様、ごめんなさぁーい。きゃぁ……)


そう言って――

エリスは、年相応に、にこりと笑った。


「はい!? 主!?」


「既成事実じゃ。末恐ろしい奴じゃの。」


ルミエルが即座に頭を抱える。


だが、エリスは笑顔を引っ込め、

再び、姫の顔に戻る。


毅然とした瞳を、まっすぐメイドたちへ向ける。


それは、戦場へ戻るための装い。

メイダの姫が再び立つための、

誇りと覚悟の証だった。


「私たちも、リスフェルドへついて行きます」


既に、

エリスがリスフェルドへ向かう理由は、

皆が知っていた。


それが復讐ではなく、

逃避でもなく、

責務であるということも。


だからこそ――

その言葉は、誰か一人の声ではなかった。


十二人が、

それぞれの立場で、

それぞれの記憶と誓いを胸に、


口々に、同じ意思を訴えた。


姫を一人にさせないために。

再び失わないために。

そして今度こそ、守る側に立つために。


その場に、迷いはなかった。


だが――


エリスは、一歩前に出た。


「否」

空気が凍る。


「姫。

 カテリーナが、すでにリスフェルドへ向かわれております。」

リディアが伝えた。


エリスは、ゆっくりと目を閉じ――

一拍、沈黙を置いてから、顔を上げた。



「……考えを改める」


それは迷いの撤回ではない。

状況を見渡した末の、再決断だった。


「あの苦痛は、今も覚えておる」


低く、抑えた声。

怒りではない。

忘却を拒む者の、静かな確認。


「あんなものは――

 ないに限る」


言い切った、その瞬間。

空気が張り詰めた。


「聞け」


その一言で、場が静まる。


「我は、奪われてきた」


声は低く、しかしよく通る。


「名を。

 家を。

 誇りを。

 そして――選ぶ権利をだ」


目を伏せる者がいた。

拳を握り締める者がいた。


「戦闘民族メイダの国 リスフェルド王国は、滅びた。

 剣を誇り、力を信じた国は、

 もはや存在しない」




「だが――

 だからといって、

 我らが誤っていたとは言わぬ」


視線が集まる。


「戦うことを知っていたからこそ、

 我らは知っている」


「何が、人を壊すのかを。

 何が、国を歪めるのかを。

 何が――

 繰り返してはならぬ苦痛なのかを」


声が、わずかに強くなる。


「奴隷とは何だ。

 弱き者か?」



「奪われ、選ばされ、

 声を持たぬよう仕向けられた者たちだ」


「ならば我は、

 その苦痛を知る者として、

 何を為すべきか」


姫は、はっきりと言い切った。


「奴隷商を殲滅し、

 奴隷を解放する」


どよめきが走る。


それは反発ではない。

世界が、今まさに塗り替えられようとしている――

その予感に対する、ざわめきだった。


「そして――

 復活したリスフェルドは、

 彼らを受け入れる」


恐怖も、甘さもない。


「憐れみではない。

 贖罪でもない」


「これは――選択だ」


「辛さを知っている者が、

 同じ辛さを生まぬために選ぶ道だ」


「我らは、剣で縛る国を作らない。

 恐怖で従わせる国も作らない」


だが、と声を強める。


「忘れるな」


「この国は、

 弱さの上には築かれぬ」


「守ると決めた以上、

 戦う覚悟は持て」


「国とは、

 守られる場所ではない」


「守り続けると決めた者たちの、

 集まりだ」


最後に、静かに告げる。


「戦闘民族メイダの国は、

 もはや存在しない」


だが――と続ける。


「その意思は。

 その思想は。

 ここに、生きている」


姫は、胸に手を当てた。


「我らがこれから作るのは、

 痛みを知る者の国だ」


「そしてこの国は――

 二度と、人を奴隷にはしない」


―――


姫は、ヴィクターを見た。


「ヴィクター殿。

 申し訳ないが――

 メイドを、お借りしたい」


一瞬の沈黙。


だが、ヴィクターは微笑み、

静かに首を振った。


「……最初から、

 そのつもりでございます」


それは了承ではない。

覚悟の確認だった。


「では――

 奴隷商殲滅作戦会議を」


アンが切り出しかけた、その時。


エリスが、軽く手を上げて制した。


「いや、本日は、ここまでだ」


声を荒げたわけではない。

だが、その一言で場は静まった。


「皆、すでに徹夜だ」

「この状態で策を巡らせても、

 良い判断にはならんだろう」


一同を見渡し、続ける。


「今夜は解散だ」

「食事を取り、

 必ず休め」


それに逆らう者はいなかった。


「明日――

 覚悟の刻に」


「奴隷商殲滅作戦会議を行う」


それ以上は語らない。

この場の決定権が、

誰にあるかは明白だった。


―――


パパタローが、隣にいたアビゲイルに声をかける。


「なぁ、アビゲイルさん」

「覚悟の刻って?」


首をかしげる。


「卯の刻ってことだよな」

「午前五時から七時……」


「朝からやるんか!?」

「徹夜明けで!?」


わずかな笑いが落ちる。


「なあ、アビゲイル」

「朝から、

 あんな重たい話できるもんなの?」


アビゲイルは帳面から目を離さず、即答した。


「やります」


「即答すぎない?」


「夜は感情が先に出ます」

「疲労、怒り、同情――

 判断を鈍らせる要素ばかりです」


淡々と続ける。


「卯の刻は、

 睡眠が終わり、

 頭だけが静かに冴える時間帯です」


「命を数える話をするには、

 最適です」


「……朝から。

 そうか」


「だから、前日は休みます」


アビゲイルは帳面を閉じた。


「寝不足のまま殲滅を語るほど、

 私たちは未熟ではありません」


パパタローは、短く息を吐いた。


「……了解」

「じゃあ俺も、

 ちゃんと寝るわ」


それを聞き、

エリスは小さくうなずいた。


「ええ」

「覚悟は、

目が覚めてから決めるものです」


パパタローは頭を掻いて苦笑する。


「……ほんとに十四歳か?」





その夜、

メイドたちは静かに散っていった。


剣も、血も、まだない。

だが――

戦は、すでに始まっている。


夜は、休むための時間。

朝――卯の刻。


その刻に下される決断が、

誰の命を救い、

誰の名を消すのか。


それを決めるための、

覚悟の刻だった。

帰りの馬車の中で、

揺れに身を任せながら、パパタローがふと口を開いた。


「なあ……エリスってさ」

「料理より、戦闘のほうが得意だったりする?」


エリスは、少し考える素振りを見せてから、素直にうなずいた。


「そうですね」

「メイドには、それぞれ領域が分かれております」


淡々と、しかし誇りを隠さずに続ける。


「我は、国を束ねる者」

「戦場では、一瞬で最適解を叩き出すよう、教育されています」


「そっかぁ……」


「……道理で」


メイド=家事ができる人。

そんな自分の思い込みを、

彼はそっと胸の奥へ引っ込める。


(飯当番は……俺かぁーー)

(まぁ、いいんだけどぉーー)


そのぶつぶつを聞き取ったわけでもないのに、

何かを察したように、エリスが身を乗り出した。


「も、もしかして……!」


パパタローが、きょとんとしてそちらを見る。


「我の、食事を求めておられるのですかっ!?」


(我は、作りますわ……!

パパタロー様の為なら……!)


「ははは。いいよいいよ。じゃあ、今度一緒に作ろうか」

(……い、

一緒に……?)


「……なんだか、

心の中が、ずいぶんとうるさそうじゃの」




馬車が進む―――

エリスが、少しだけ声を落として続けた。


「本来であれば――」

「メイド服を頂戴した日」

「我が主と、今宵は共に過ごす儀式がございます」


そう言って、

エリスは一歩、パパタローに詰め寄った。


パパタローが、思わず息を呑む。


「え、ちょ――」


だが、即座に声が飛んだ。


「待て待て待て!」


ルミエルだった。


「だいたい――」

「姫が規律を乱して、どうするのじゃ」


エリスは、ぴたりと動きを止め、

小さく咳払いをする。


「……そうですね」

「嬉しさのあまり、早まりました」

(おねぇ様の、いけず……

ちょっと、きらい……)


静かに続ける。


「また、時期を改めますわ」


パパタローをじっと見つめた。


「先は……長いですものね」

(…………)


馬車は、何事もなかったかのように、

変わらぬ調子で進み続ける。


(助けて、この空気~~~)

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