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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第三部:戦闘民族編

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夜に響く風の調べ

夜の帳がリュフト平原を覆う頃、

カテリーナはヴィントロスの小さな宿の前に立っていた。


建物は小ぶりで、

木枠の窓から漏れる橙色の光が、風に揺れている。

古びた看板には――

《宿屋・風読亭》。


扉を押すと、

内側は思いのほか騒がしかった。

「こんばんは」


香ばしく焼かれた肉の匂い。

甘く、少し酸味のある酒の気配。

村長らしき男を中心に、

村人たちが肩を寄せ、腹を抱えて笑っている。


――祝いの席。

だが、どこか熱が濃すぎる。


「……あら。珍しいわね」


奥から現れた女将は、

明らかに面倒そうな顔で言葉を切った。


「今夜は貸し切りなんだけど……」


そこで、視線が止まる。


「……メイド、かい」


酒場から男の声が聞こえた。


「手伝ってくれるなら、

 泊めてやってもいいよ」


女将が男をみて、溜息をつく。


「…村長がそういうのなら…。

 で、どうすんだい?」


関係性は良くないようだ。

女将からは、この村長(おとこ)と関わりあいたくないオーラが出ていた。


だが彼女は何も言わず、

静かに頭を下げる。


――手伝うこと自体は、問題ない。


「カテリーナと申します」


「村長のグリューネじゃ。

 今日はワシの誕生日でのぉ。」

そういいながら、村長が歩きながら来た。


背は低いが腰は曲がらず、

枯れた声は不思議と通る。

ただ笑うときだけが、人間らしかった。


カテリーナはそう判断し、村長を見た。


村長が抜けた席の空気は、わずかに緩んでいた。

笑い声は止まらず、

むしろ呼吸がしやすくなったようにさえ見える。


慕われているわけではない。

恐れられているのでも、憎まれているのでもない。


ただ――

そこに在る役目が、一時的に抜けただけだ。


この祝宴は、年を重ねたことへの祝福ではない。

老いを称えているのでは、なおさらない。


祝われているのは、

「村長であり続けている」という立場そのもの。


それを、本人だけが祝われていると信じている。


自分が選ばれていると信じ、

自分が必要とされていると思い込み、

その実、村は彼を“使っている”。


――勘違いしている、御仁だ。


その勘違いこそが、良くも悪くも

この村を今日まで保たせてきたのだろう。


「どこからお越しなすった?」

「メーア・ウント・ベルゲン王国、シルバーハート領より参りましたわ。」

「おお、これはこれは、遠くから」

村長の態度が少し変わった。相手に余計な情報を渡さない、でも“格”だけは匂わせる言い方を悟ったようだ。油断させるのもいいが、厄介ごとに巻き込まれないためのカテリーナの考えだった。


村の中央に据えられた長机。

そこに集う者たちの目が、

一斉に彼女をなぞる。


獲物を見る目ではない。

値踏みでもない。


――確認だ。


「…この先はリスフェルドがあった…ああ、里帰りかね?

あそこはもう廃墟と聞いておるが…。

ああ…申し訳けない。」


メイダの生き残りへの配慮が欠けていると思ったのだろう。そこで口を閉じた。


「お気になさらずに。何かご存じで?」


村長は、女将に視線を逃がした。

それ以上、この話題に触れられたくないらしい。


「それよりも部屋に案内してやれ」


女将は何も言わずカテリーナを2階奥の一室へ案内した。

カテリーナは荷を脇に置き、

白布を巻いたウォーハンマーを床に預けたが、考え直す。

簡素な部屋。

だが、静かすぎる。

壁の向こうに何かがいる。


女将は目を合わさず下の階の様子をうかがいながら言った。

「じゃ、早速、手伝ってもらおうかね」

「はい。」

白布を巻いたウォーハンマーを手にした。

「おいておきな」

「護身用で近くに置いておきたいのですが。」


「勝手にしな」



***

村長の席の脇に、小さな子どもが座っていた。


小さな子供は七、八歳ほど。

髪は丁寧に梳かれ、裾や靴まで一糸乱れぬ服装。

笑顔は愛らしく、肉を口に運ぶ仕草は純粋そのもの。

だが、その愛らしさは、

なぜか周囲の大人たちを安心させすぎていた。

まるで、村の“誰か”が作った理想の子供のようだ。


村長の誕生日だというのに、祝宴の中心は子供だった。

小さな手で杯を差し出す姿に、周囲の大人たちは自然と従う。

笑い声は子供に向かい、村長は椅子に腰掛けたまま、微笑むだけ。

その様子は、祝うというより、演じさせられている儀式のようだった。


カテリーナは子供を横目に、完全に“道具を持たぬメイド”として振る舞う。

皿を運ぶ。

空になった杯を下げる。

酒を注ぐ。


村長グリューネの前だけ、

杯が空くのが早い。


誰かが勧めるわけでもなく、

誰かが止めるわけでもない。


注げば飲み、

注がれねば、自分から求める。


その様子を、村人たちは笑いながら見ている。

だが、その笑いは向けられてはいない。


「おお、すまんの。気が利くのう」


そう言って、村長は杯を差し出す。

感謝の言葉はあるが、目は合わない。


カテリーナは、静かに注いだ。


肉の皿も同じだ。

村長の前には、常に新しい切り分けが置かれる。

誰がやっているのか、分からないまま。


祝福の言葉は、歌の中に混ざって消える。

直接向けられることは、ない。


「めでたい、めでたい」

誰かが言う。


何が、とは言わない。


カテリーナは、その様子をただ見ていた。

皿を下げ、

布巾で机を拭き、

ろうそくの芯を整える。


火は安定している。

揺れは少ない。


それが、逆に不自然だった。


宴が進むにつれ、

村人たちは一人、また一人と席を外していく。




村長が声をかけた。

夜が深まるにつれ、まぶたが重くなる。


「もう遅いから、寝なさい」


子どもは小さく頷き、席を立つ。

だが、その歩みは軽くも、どこかぎこちない。

まるで、この場に慣れきったはずの小さな身体が、眠気と警戒の間で揺れているかのようだ。


カテリーナは目を細め、子どもを追う。

席を立つ後ろ姿に沿って、わずかに目を走らせる。

髪の毛の艶、裾の整い具合、靴のきちんとした形――

すべてが、丁寧すぎるほどに整っている。


「おやすみなさい」


村長の声が優しく響き、子どもは小さく返事をした。

その瞬間、カテリーナの中で、微かな違和感が光る。

楽しそうに座っていたはずの子どもが、まるで儀式のように静かに席を立つその姿。

整えられた身なり、礼儀正しい動き――すべてが、自然でありながら、どこか不自然。


カテリーナは、子どもが二階奥の小部屋へ消えるのを確認してから、静かに自分の手元に戻る。

皿を下げ、布巾で机を拭き、ろうそくの芯を整える。



誰も酔いつぶれない。

誰も喧嘩しない。

誰も本音をこぼさない。


残るのは、村長と、女将と、

そして“役目として残された数人”。


女将は忙しそうに動きながら、

決して村長の背後には立たない。


常に、横か、少し離れた位置だ。


「もう十分だろう」


誰に言うでもなく、村長が言う。


それを合図に、

歌が止まり、

笑いが収まる。


解散だ。


村人たちは、言葉少なに帰っていく。

誰も振り返らない。


カテリーナは、最後に床を掃き、

ろうそくの火を落とした。


女将が、ぽつりと告げる。


「朝食は……気が向いたら来な」


それだけだった。




白布を巻いたウォーハンマーを手に、二階へ戻る。

階段を一段ずつ上がるたび、床板がわずかに軋む。

その音は、この宿屋の静寂の中で、必要以上に響いた。


扉を開けると、二階の廊下はほの暗く、かすかな橙色の光が差し込むのみ。

奥の小部屋から、子どもの寝息がかすかに漏れてきた。

整えられた寝巻きに、きちんと掛けられた布団。

枕元には小さなランタンがひとつ、優しく揺れている。


だが、微かな異臭が鼻をついた。

この臭い……。眠り薬?

カテリーナは反射的に、手で鼻と口を押さえた。


寝ているはずの小さな身体は、呼吸だけでなく、微かな緊張を漂わせていた。

無意識の警戒、あるいは――意図された静けさ。

そのすべてが、この場の異様さを際立たせている。


「……儀式のようだわ」


小声で呟き、カテリーナは視線を逸らした。

再び手元に戻り、ウォーハンマーを床に置く。

静寂に包まれた宿屋の二階で、彼女は心の中で一つだけ確認する。


――この子は、

眠らされている。

それも、今日だけではない。

耳からピンクの液体が見えた。

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