地獄でメイド②
「なんとか逃げ切れたね!あの屋敷の光が見えない?」
カリンが呟くと、微かに点滅する灯りが夜闇に揺れていた。
パパタローが車のライトを一度消して、また点ける。すると、後ろの影もそれに合わせてライトをオン・オフ。
カリンは少し安心したのか、パパタローの席に手をついて胸を撫で下ろした。
爆音が消え、車の周囲には再び静寂と闇が戻る。
「あそこまでなんとか辿り着こう。」パパタローは決意を新たにした。
運転しながらバックミラーを覗く。
「しつこいなぁ…。しかも、なんか増えてるし…。」
後方から、狼の背に跨るゴブリンたちが、ゆっくりだが確実に追いかけてくる。
「カリン、アクセル踏んで。」
「えー、また?これ、押すの大変なんだよ。前見えないし、加減はエンジン音だけが頼りだし…」
こんな状況で文句を言うカリンに、パパタローは呆れつつも真剣だ。
「生死がかかってるんだ。そこんとか宜しく。」
「はーい。」
「いくよ!!」
二人は次第に腹を括り、覚悟を決めていた。疲労と苛立ちを隠せないが、前を向いている。
泥濘に足を取られ、車は思うように加速できない。
前方の大木の根元がふと光った瞬間、驚いた鳥たちが一斉に羽ばたき、月明かりの中、黒い影が空に広がる。
大木はゆっくりと傾き、轟音を響かせて倒れた。
その倒木が進路を塞いだのだ。
「カリン!!ブレーキだ!急げ!」
パパタローの叫びにカリンは即座に反応し、車を止めると右にハンドルを切った。
車は倒れた大木の横をかすめ、数匹のゴブリンをサイドから引き倒した。
だが、根元から次々に数十匹のゴブリンが現れる。
鈍い音と共に車体が何かを踏み越える感触があり、パパタローは愕然とした。
「あああああ、轢いちゃったーーーー!!」
「……あれ?」
細い糸がプツリと切れた感覚があった。
「なんで遠慮してたんだろうな…殺そうとしてくる相手に轢き逃げなんて…今まではただ逃げるだけだったが、追い詰められたら返り討ちにしてもいいんじゃないかって気づいちまった。」
車内で装備を整えつつ、パパタローはミラー越しにじわじわと車を囲むゴブリンの姿を確認する。
「そろそろだな。」鼻歌交じりに軽くつぶやく声に、背筋が凍る。
斧や棍棒を振りかざした数匹が突進してきた。
パパタローはハンドルを目一杯左に切り、カリンに合図。
「アクセル全開だ!」
轟音と共に車はスピンしながらゴブリンたちをなぎ倒し、泥水が飛び散る。
肉片が車体に当たる鈍い音が響いた。
「しまった!!」
「どうしたの!?」
「ローンが残ってるんだよ…」
「生死かかってるのに、ローンの心配!?」
車は激しい攻防の痕で傷だらけ。泥濘に足を取られ、木や岩にもぶつかり、ボディはひび割れ、凹み、塗装も剥がれている。
「きゃあ~~目が回る~~~」
そんな呟きも気にせず、パパタローは前方のゴブリンに狙いを定め、一瞬車を止めた。
天井にポコッと鈍い音。斧が天井を切り裂き、ぽっかりと空いた穴から涎を垂らした赤い瞳のゴブリンが覗く。
「キャーーーー!もうダメ~~」
カリンが叫んだ瞬間、ブンッと音がしてそのゴブリンが吹き飛ばされ、ドライバー席方向へ。
大木に叩きつけられて潰れ、肉片が落ちる。
「ぐえっ……」
「え!?ゴブリンが飛んだぞ!」