ちんちくりんの髪
パパタローの家の両隣には、片方に獣舎とカリンの家、もう片方に妹たちの増築中の家が並んでいた。
木材を運ぶ大工たちの音が響き、カリンが現場監督として指示を飛ばしている。
家々はすべて緩やかにつながっており、庭や小道で自然に行き来できる作りになっていた。
小屋の前
ウォーターボール、ファイヤーボール!
そう言うと、パパタローはお湯を沸かし始めた。
球体に手を突っ込むパパタロー。
「ちょうどよい温度だな」
「ローズ!!」
ヒッポグリフのローズが顔をひょっこり出す。
「ローズ!! 体を洗うぞ!わっこら、逃げんなってっ」
逃げ惑うローズを、お湯の球で包み込む。顔だけ球体の外に出たまま、はじめは暴れていたものの、すぐにまったりうっとりしている。
「気持ちいいだろ?」
ローズのくちばしがパパタローを加え、お湯玉に引き入れる。
「わっ、やめろ!!」
窓の外で、その光景を見ていた少女は、くすりと笑った。
(可笑しい)
ちらりと視線を横に向けると、妹たちが小さく手を振り、犬が雪の中でちょろちょろと跳ね回っているのが見えた。
沙織が声を上げる。
「お兄ちゃん、あの子、起きてるよ。行ってもいい?」
それに気が付いた幸恵とノアも手を振った。
小太郎(犬)はローズとじゃれている。
「大勢で行くと疲れるだろうから、また今度な」とパパタロー。
しばらくして、髪を拭きながらパパタローが現れた。
「顔色がいいね」
少女は小さくうなずく。パジャマ姿よりも、湿った髪のほうが気になるらしく、下を向いたまま少しもじもじしている。
「気になるか?よければ、髪も洗ってやろうか」
パパタローの手に促され、少女は頷いた。
温めたウォーターボールを頭に包み込み、下にたらいを置く。お湯が髪をつたって流れ、縮れた毛先がぴょんぴょん跳ねる。
(あぁ……きもちいい……)
パパタローが傷んだ毛先を見つめ、少しカットしてみるかと尋ねると、少女は小さくうなずいた。
しかし、刃を入れた瞬間――髪は思いのほか短く、ちんちくりんのおかっぱに。
頭の上で小さな毛束がちょこんと跳ね、整っていない毛先がかわいらしく散らばっている。まるで小さな羽毛の塊が頭の上で跳ねているかのようだった。
少女は目を丸くし、すぐに視線を下に落とす。悲しそうに唇を噛む小さな姿。
「わっ……ちょ、ちょっと待ってくれ、そんなつもりじゃ……!」
慌てふためくパパタローの右往左往をよそに、ルミエルがそっと現れ、優しい手で髪を撫でながら整える。
「こうすれば良いのじゃ。‥‥どうじゃ?」
それでも、ちんちくりんおかっぱはちんちくりんのまま。頭の上で跳ねる毛先は、元気いっぱいの小さな生き物のようにぴょんぴょんと動く。
二人の右往左往の間に、カリンが静かに現れた。
彼女はそっと手を添え、毛先のバランスを整える。
鏡を覗いた少女は、思わず小さく笑みを浮かべた。
「……ちんちくりんだけど……なんだか、悪くないかも」
「うーん、さっきよりましだ。」
「パパタロー、いるー?」
そこにカリンが入ってきた。空気はなんとなくどんよりしている。
「何してんの?」
パパタローとルミエルが事情を話すと、カリンはふふっと笑い、片手を腰に当てる。
「なるほどねー。おねぇーさんにお任せ!」
するとカリンの指先が髪に触れるや否や、ちんちくりんで跳ねていた毛先がすっと整い始める。
毛束は自然に落ち、頭の丸みに沿って滑らかなボブラインが現れる。
肩より少し上、ふんわり丸みを帯びたボブカットは、短かった毛先の無秩序さを消しつつ、幼さも残す絶妙な仕上がりだった。
鏡を覗いた少女は、目を大きく開き、指先でふわっとした毛先を触る。
「わぁ……すごい……!」
パパタローもルミエルも思わず顔をほころばせる。
ノリシオが「キョエー!」と鳴いて跳ね回る中、少女の心にも温かい笑みが広がった。
「ほら、こうすると顔も明るく見えるでしょう?」
鏡を覗いた少女は、目を丸くし、思わず笑みをこぼす。
ちんちくりんだった無秩序な毛先は、整ったボブカットに変わり、跳ねる毛も少なくなった。頭の形に沿った丸みが出て、幼さと可愛らしさがちょうど良く残る仕上がり。
「わぁ……すごい……」
少女は指先で毛先を触り、ふわっとした感触に驚き、少し誇らしげに微笑んだ。
気が付けば、窓の外に白いものが舞っていた。
犬の小太郎が雪の中を楽しそうに跳ね回っている。
「雪だね。初雪だ。」
「小太郎が喜んでる。」
少女の視線は、ふと遠くへ向かう。
白く舞う雪を見つめながら、心の中に故郷、メイダの国〈リスフェルド〉の景色が広がった。
カリンが、ふと思い出したかのようにぽつりと言う。
「初雪だから、今日はパンがゆの日だね」
その言葉に、少女は胸の奥で何かがじんわりほどけるのを感じた。
冷たく閉ざされていた心に、小さな温もりが差し込む。
自然と声が出る。
「……私、エリス……」
ベッドの足元では、ノリシオがしっぽをときどき振っている。
パパタローがにこりと笑う。
「そっか、自己紹介まだだったね。俺がタロー、こっちが妻のルミエル」
その“妻”の一言で、エリスは一瞬、目を丸くする。どこか胸の奥がほんの少しきゅんとするような、そんな感覚――本人はまだ気づいていなかった。
「どうしたのじゃ?」
カリンが少し照れながら続ける。
「で、私がパパタローの姪で、カリンでーす。(本当は『梨』)」
“姪”の一言に、エリスは眉を少し上げ、顔に小さな疑問符が浮かぶ。その瞬間、三人に心を少しずつ開いていく自分を、エリスは感じた。
「キョエー!」
赤い毛並みが光を反射し、ノリシオは力強く鳴いた。
「忘れるなよ、私を!」――そんな自己主張が、声にも体にもにじみ出ている。
「こっちがノリシオね」
エリスが軽く手を差し伸べると、ノリシオは少しだけ身体をすり寄せた。小さな魔法陣が足元に浮かび、空中を軽やかに歩いた。
エリスは微笑み、少し首をかしげる。小さな出会いが、少しずつ世界の歯車を動かし始めていた。




