寄り添う未来
王と女王は殺された。
守るはずの城は落ち、彼女は捕らえられた。
投げ込まれたのは、暗い牢。
名を呼ばれることもなく、
日を数える意味さえ、ほどなく失われた。
気づけば、奪われていた。
誰に、いつ、どこで――
それすら、もう分からない。
次にあったのは、町の裏。
鉄の檻。
値札の代わりに、値踏みの視線。
奴隷として売られ、
命じられ、殴られ、使われ、
壊れかけたところで、また檻に戻された。
希望は、一度だけ蘇り、
そして――完全に、失われた。
もう、何も期待しない。
そう決めた、その時点で、
終わったはずだった。
――暖かい手が、包む。
痛くない。
乱暴でもない。
落ちないように、ただ支えている。
そこで、意識が途切れる。
次に目を開けたとき、
天井は木で、光は柔らかかった。
ベッドだった。
毛布があり、
身体は、きちんと横になっている。
「……?」
声を出そうとして、出ない。
枕元で、何かがもぞりと動いた。
赤い毛並み。
小さな体温。
ノリシオが、丸くなっている。
尻尾が、ゆっくりと揺れ、
確かめるように、彼女の頬を撫でた。
火照りではない、生き物の熱。
そのとき――
「パパタロー!」
明るい声。
「起きたぞー。」
「安心せい。ここ妾らの家じゃ」
柔らかく、しかし不器用な言葉。
命令でも、慰めでもない。
ノリシオの尻尾が、もう一度、そっと撫でる。
その声と温もりに包まれた瞬間、
少女ははじめて――
ここが檻ではないと、理解した。
そのまま、意識は沈んでいった。
パパタローが駆け付けた時には彼女はすやすやと眠っていた。
怖くない。
縛られない。
急かされることもない。
ただ、穏やかだった。
次に、ぼんやりと浮かび上がったのは、
手の感触だった。
――握られている。
逃げ道を塞ぐ力ではない。
確かめるように、離れないように、
指が添えられているだけ。
「……お?」
低い声。
「起きたか」
まぶたを開けきれないまま、
少女は小さく、喉を鳴らす。
「無理に起きなくていい。」
少し間を置いて、
「パンがゆ、食べるか。
胃がな、まだ弱ってるから、一気に食うと吐いてしまう。
少しずつな。」
命令じゃない。
選択肢として、置かれただけの言葉。
スプーンが、近づく気配。
香りは淡い。
小麦と湯の、ほとんど記憶みたいな匂い。
そう気づいた瞬間、
喉の奥が、ひくりと震えた。
ボロボロと大粒の涙を流した。
「……大丈夫だ。大丈夫。」
パパタローの声は、一定だった。
「食べられなくても、怒らないよ。
眠ってもいい」
手は、まだ握られている。
その様子を、少し離れたところで見ていたルミエルが、
むっと頬をふくらませる。
「……むう。
妾が先に温めておったのじゃが」
ノリシオが、尻尾を一度、ぱたんと揺らす。
「ほれ。
撫でるなら、しっぽはこっちじゃ」
やきもち半分、照れ半分。
場の空気は、柔らかいままだった。
少女は、ほんの一口だけ、
パンがゆを飲み込む。
熱くない。
痛くない。
そして、力が抜けた。
「あ……」
かすれた声が、こぼれる。
「あー……あたたかいなぁ……」
誰に向けたともなく、
「……パパ様……ママ様……」
呼んだのは、
もう、いないはずの人たちの名。
呼んでしまったことに、
自分で気づく前に――
再び、眠りが落ちてきた。
握られた手は、離れなかった。
ひとりきりを、忘れてしまえるほどに。




