自由を纏(まと)う少女
やせ細った少女を担ぎながら、パパタローの頭の中は落ち着かなかった。
(……追ってきてないよな?
くそ、目立ちすぎだろ。
どこへ行けばいい?)
市場の裏道を抜けるだけのはずが、やけに長く感じる。
このまま立ち止まれば、面倒なことになる。
だが、助けたからといって堂々と歩ける話でもない。
普通なら――
こんな状態の子を放っておけるはずがない。
(くそ……)
そのとき、視界の端に見覚えのある看板が入った。
――甘味屋。
考える前に身体が動き、暖簾をくぐる。
「いらっしゃ――」
店主の声が途中で止まった。
「……なんだ、その子は」
パパタローの背中に担がれた少女を見て、眉がつり上がる。
「おい。裏道に入ったな」
「道に迷った。それより、この子――」
パパタローは少女を少し見せる。
「どうすればいい?」
店主は一歩近づき、少女を一瞥した。
「……おまえ、それ“買った”のか」
「助けただけだ」
「どっちでもいい」
低く言い切る。
「だがな――
その子、奴隷じゃねぇ」
「……は?」
「所属印がない」
「この街で、奴隷商が売れるのは、
印付きだけだ」
「印がない人間を売ったら、
それはもう“商売”じゃねぇ」
「人身売買だ。」
パパタローは言葉を失った。
「つまりな」
店主は視線を上げる。
「おまえは今、
“犯罪の現場から人を連れ出した”
第一発見者だ」
「……じゃあ、俺は?」
「運が良けりゃ証人。
悪けりゃ、容疑者だ」
少女を見る。
「だが、はっきりしてることが一つある」
「この子を売った奴隷商は、
制度の外に踏み出した」
「つまり――
ぶっ壊していい側だ」
そう言って、店主は棚の下から毛布を引き出した。
新品ではない。だが、清潔で、厚みのあるものだ。
パパタローは受け取り、少女の身体を包む。
肩が、かすかに震えた。
「……水だ」
店主が言い、今度は小さな器を置いた。
中身は白湯だった。
「飲ませるな。
口を濡らすだけでいい」
パパタローは少女を支え、器を傾ける。
唇に触れる程度に。
最初の一滴は、喉を通らなかった。
だが、次の一滴で、少女の喉が小さく動いた。
それだけで、十分だった。
店主はそれを見て、何も言わず背を向けた。
白湯を口に含ませたあと、少女はすぐには反応しなかった。
まばたきが一度。
それから、もう一度。
喉が、かすかに動く。
吐き戻しはない。
咳もない。
ただ、息が――ほんの少しだけ、深くなった。
パパタローは器を下げた。
それ以上、飲ませようとはしない。
「……よし」
誰に言うでもなく、そう呟く。
店主はそれを横目で見て、短く頷いた。
「今日は、そこまでだ」
そう言って、背を向ける。
「腹に物を入れるのは、もう少し後。
今は、休ませろ」
毛布に包まれた少女は、わずかに身をすくめた。
だが、逃げる様子はない。
代わりに、指先が毛布の端をつまんだ。
――掴んだ。
それは命令でも、許可でもない。
自分で選んだ、最初の動作だった。
パパタローは気づいても、口には出さない。
気づかないふりをする。
そうして、ゆっくりと立ち上がる。
「帰る」
それだけ言った。
拒否も、承諾も、求めない。
少女は、何も答えない。
だが、毛布を掴む力が、ほんの少し強くなった。
それで十分だった。
店主は暖簾を持ち上げ、外を確かめる。
「表の道を行け」
夜気が、店の中に流れ込む。
パパタローは少女を抱き上げる。
今度は、担ぐのではなく――腕に抱く。
少女の身体は軽い。
だが、先ほどより、確かに重みがあった。
命の分だけ。
こうして彼女は、
檻でも、店でも、市場でもない場所へ向かう。
上空からノリシオが護衛としてついていた。




