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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第二部:欠けた神の夢編

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ギリギリの返事

生物が、

初めてはっきりと、

パパタローとミレッタの方を向いた。


頭に載せた妖石が、

かすかに揺れる。


「……ギリ」


低く、短い鳴き声。


その瞬間――


足元の地面が、

エレベーターのように、静かに下り始めた。


罠ではない。

爆発でもない。


――切り分けられたのだ。


祭壇を中心に、

空間そのものが層を成してずれ落ち、

床は、別の段階へと沈み込んでいく。


「きゃっ!」


パパタローが反射的にミレッタの腕を引く。


「……ありがとう」


着地と同時に、

床が軋み、柱が低く唸った。


先ほどまでの空間とは、

明らかに違う。


天井は低く、

柱の配置は不自然なほど整い、

逃げ場も、隠れ場もない。


――戦うために用意された場所。


はるか上方から、

ケラフィクサの声が落ちてくる。


「そこは、私の管理外の領域ですよー」

「……どうか、壊しすぎないでくださいねー」


その言葉は、

二人ではなく――

あの生物に向けられていた。


「……ギリ……」


鳴き声が、

低く、空間全体に反響する。


警告でも、威嚇でもない。


――仕事に入る合図だった。


ギリギリが、動く。


跳ねもしない。

走りもしない。


一歩踏み出すたび、

床が沈み、柱が軋む。


ただ、距離を詰める。


次の瞬間、

柱の一部が削り取られ、

石塊となって一直線に叩きつけられた。


狙いは正確。


「ルミエル!!」


叫びと同時に、

パパタローが一歩、前に出た。


考えるより先に、

身体が動いていた。


盾になるように、

迷いなく――身体を差し出す。


鈍い音。


石と肉がぶつかる衝撃が、

空間を震わせる。


次の瞬間、

パパタローの身体が弾かれ、

床に叩きつけられた。


「ぐはっ!」


「ああ……」


息を吸い、吐く。


「……何とか、生きてる……はぁ、はぁ……」


呼吸は浅く、乱れている。

肋骨に走る痛みで、身体を起こせない。


床には、

彼を中心に放射状の亀裂が走っていた。


「……ばれておったか」


ルミエルが、低く呟く。


「ああ……バレバレだ」


かすれた笑い。


起き上がろうとして、

途端に顔が歪む。


「っ……」


「動けぬか」


床にそっと寝かせる。


「悪い」


「……まぁ、よい」


額に手を置き、静かに告げた。


「そこで、休んでおれ」


背後で、

柱が一本、音を立てて崩れ落ちる。


その様子を、

少し離れた場所から、ギリギリが見ていた。


「……ギリ」


短い鳴き声。


先ほどまでのものとは違う。

攻撃でも、作業でもない。


蒸気も、緊張も、そこにはない。


次の瞬間――


ギリギリが両手を床に突き立てる。


ごごっ。


周囲の柱が、同時に軋んだ。


根元から、

引き抜かれる。


一本、二本ではない。

半径一帯の柱が、まとめて宙へ浮く。


ばンッ!!


柱が、一直線に叩きつけられる。


狙いはただ一つ。

ルミエル。


だが――


その直前、

ルミエルの姿が消えた。


否。

跳んだのだ。


床を蹴る音はない。

力を溜める間もない。


狐が跳ぶときの、あの軽さ。


柱が叩きつけられた場所に、

残ったのは影だけ。


二本目。

三本目。


角度を変え、間合いを詰め、

逃げ道を塞ぐように、

柱が連続で飛ぶ。


だが、

ルミエルは止まらない。


床を踏み、

壁を蹴り、

崩れた柱の先端を足場に――

空中で向きを変える。


狐が木々を渡るように。


柱が砕け、

破片が雨のように降る。


その隙間を、

すり抜ける。


「……遅い」


呟きは、攻撃の合間に落ちた。


やがて。


ルミエルは、

ギリギリの真正面に立った。


――いや。

わざわざ、一歩、また一歩。

逃げ場のない距離まで、詰めた。


顔と顔が、触れる寸前。


息の温度が、相手の皮膚に届くほど。

それでも、瞬きひとつ乱さない。


「妾は、奪いに来たのではない」


背後で――

投げ放たれた柱が壁に叩きつけられ、砕け散る。


だが、

ルミエルは動かない。


むしろ、近さだけを増やす。


狐が獲物に鼻先を寄せ、

噛まずに反応を測る――あの距離。


「それが――そなたの戦い方か」


一拍。


「……敵意が、感じられん」


問いは柔らかい。

だが、距離は鋭い。


ギリギリが、動きを止めた。


蒸気が、

身体のあちこちから漏れ出す。


柱は、もう飛んでこない。


沈黙。


その中で――

ルミエルの髪が、静かに逆立った。


風はない。

だが、空気だけが揺れる。


狐の尾は見えない。

詠唱も、術式もない。


それでも、

空間そのものが――道を譲った。


「――妾は、ルミエルじゃ」


その一言で、

空気が、音もなくひび割れる。


「その石は――

妾の一部じゃ」


「返せと言うておるのではない。

元に戻すだけじゃ」


やがて、

ギリギリは、ゆっくりと頭を下げた。


妖石が、

崩れた空間を滑るように、

ルミエルの方へ傾く。


「……ギリ……」


拒否ではない。

降伏でもない。


了承だった。


「……そうか」


「そなたは、

一人でおるには、

少しばかり真面目すぎるの」


小さな身体が、ぴたりと止まる。


胸を指し――


「……ギリギリ」


名乗りだった。

初めて、誰かに向けて使われた音だった。

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