守られる夢
Λ ラムダ
船は砂浜に乗り上げ、動きを止めていた。
風は凪ぎ、波も息を潜め、
世界そのものが沈黙している。
Λ-11の群れは砂に半ば埋まり、
黒い殻を月光に反射させていた。
それは死のような静止――
だが、死ではない。
待機。
パパタローが周囲を見渡し、低く言った。
「……死んではいませんね。
眠っているだけのようです。
――嫌な静けさです。嵐の前というやつでしょう」
ヴィクターは杖を握り、応じる。
「ゾファールの造物は“死ねない”。
死を設計に入れなかったからだ。
ゆえに奴らは、守るものを失っても――
自分の記憶だけは守る」
沈黙。
霧が寄せ、波が細かく軋んだ。
そのとき――
場違いな声が、船首から響いた。
「……んにゃぁぁ……ふへへ……
またたび……もうないかにゃー……」
一同が顔を上げる。
月明かりに照らされたバウスプリットの先端で、
白い影がふらふらと立っていた。
「ん~……?
あれぇ……地面が二枚に見えるにゃ……?」
荷物の山の奥から、間の抜けた声がした。
次の瞬間、
白い影がごろりと転がり出る。
「あっ、ルミエル!
なんでメイド服着てるにゃー」
――沈黙。
「あ。」
ミレッタが、
悲鳴に近い声を上げた。
「ち、違いますわぁぁっ!!」
バルナークも振り向いた。
「おいおい! 落ちるぞ!」
だが、ムニンは聞いちゃいなかった。
千鳥足のまま甲板を渡り、
そのまま船首の先端――
海と島の境界へ。
潮風が毛並みを撫で、
青い瞳に光が戻る。
酔いが、嘘のように消えた。
「……悪夢の匂いがするにゃ」
波よりも静かな声。
砂浜に横たわるΛ-11の脚が、
かすかに震えた。
「ムニン、やめろ」
ヴィクターの声が鋭く走る。
「その夢は“創造神連合の記憶”だ。
触れれば――」
「夢は、喰ってこそ救われるにゃ」
ムニンは、ためらいなく跳んだ。
前足がΛ-11の額に触れた瞬間――
島全体が、低く鳴動した。
赤い線が体表を走る。
神経が再び通電したかのように、
Λ-11の全身が微光を帯びて震える。
ムニンが眉をひそめた。
「にゃ……?
お前自身、夢を“守ってる”のか……?」
Λ-11の瞳が、ゆっくりと開く。
赤い光。
それは攻撃色ではない。
痛みの記憶だった。
喰われかけた夢が、恐怖として反応している。
地が裂け、砂が跳ねる。
沈黙していた群れが一斉に蠢き出した。
筋肉のような脚が大地を掴み、
巣を編むように陣形を広げる。
パパタローが、静かに言った。
「……動いたか。
ヴィクターさん、どうやら“死ねない”どころか――
まだ守っているようですよ」
「ムニン、離れろ!」
ヴィクターが杖を掲げ、雷光を放つ。
「それは暴走じゃない!
――“存在の拒絶”だ!」
ムニンは跳び退き、尾を逆立てた。
「……ゾファールの造りモノ……
悲しみを知らない命は、
守ることしかできないんだにゃ」
Λ-11の群れが立ち上がる。
その無音の咆哮は、怒りではない。
嘆きだった。
ヴィクターが、低く呟く。
「……ゾファール。
貴様の“創造”は、いつも欠けている」
雷が走る。
「悲しみを知らぬ神は、
誰一人、救えぬ」
青い稲妻と赤い光が衝突し、
禁域の空が裂ける。
島は再び、息を吹き返した。
ムニンが、低く笑った。
「夢を守る蜘蛛たち……
けれどその夢が“悲しみ”を知らぬ限り、
永遠に、目を覚ませないにゃ」
――守護者の夢が、覚醒した。
その瞬間、
セラフィナが一歩、前に出る。




