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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第二部:欠けた神の夢編

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揺れる境界

パパタローは船縁にしがみつき、

胃の奥からこみ上げるものをこらえきれず吐き戻した。


空は荒れ、雨が容赦なく甲板を殴りつける。

風は進路を定めず、

波だけが、必要以上に荒れていた。


「うっ……もう三日目だぞ……」


顔色は土気色で、汗に濡れた前髪が額に張りついている。

甲板に立っていること自体が、すでに限界だった。


「大丈夫ですか?」


ミレッタが背に手を添え、水筒を差し出す。


「……頭がぐらぐらしますわ。

ですが……それでも、パパタロー様のほうが、ずっとお辛そうです」


パパタローは苦笑しようとして、うまくできなかった。

ミレッタに「大丈夫なの?」などと、

気の利いた言葉を向けられる余裕は、もう残っていない。


喉がひくりと鳴り、

こらえきれず、再び胃液が甲板に落ちる。


だが、それすらも、

降り続く雨がすぐに洗い流していった。



航海士イーヴァンが、露骨に舌打ちした。


「契約者だか何だか知らねぇがよ。

 これじゃ荷物のほうが、まだマシだな」


一瞬、甲板の空気が固まる。


その張りつめた沈黙を、

笑い声が乱暴に叩き割った。


「がはははっ! ちげぇねぇ!」


船長バルナークが、腹を叩いて笑う。


「酔い潰れて転がってるだけなら、

 確かに“荷”と変わらんわな」


だが――

その笑いが完全に広がる前に。


「……その“荷物”が、船を守れるかどうか」


カテリーナが、静かに言葉を継いだ。


「今のうちに確かめておくべきではありませんか?」


笑いは、そこで止まった。


「は?」


航海士イーヴァンが眉をひそめる。


カテリーナは視線をパパタローに向けたまま、淡々と続けた。


「従魔です。

契約者がこの状態でも応じるかどうか――

それは、境界が安定しているかの指標になります」


「……えー、この状況で……マジかよ……」


パパタローは呻くように呟き、

ふらつきながら、右目の印を解放した。


赤い魔法陣が、

雨に濡れた甲板の上へ、静かに浮かび上がる。


「キョエエェェーーッ!!」


眩い光とともに、

従魔ノリシオが姿を現した。


赤い毛並みを逆立て、

足元の魔法陣を踏みしめながら、

まるで見えない階段を昇るように、宙を歩く。


「キョエエェェッ!

ノリシオポテチ ハ セカイノタカラ!」


空中でくるりと一回転し、

袋からポテトチップスを、これでもかと撒き散らした。


「……いつの間に、話せるようになったんだ……」


吐き気をこらえながら、

パパタローが、掠れた声で呻く。


ノリシオは胸を張る。


「シラン! キヅイタラ ハナセタ!」


「……そんな、雑な……」


言葉の途中で力が尽き、

パパタローはミレッタの肩に体重を預け、

そのまま、甲板へと崩れ落ちた。



その瞬間――

カモメの群れが一斉に集まり、甲板の上で騒ぎ立てる。


羽音。鳴き声。

糞が降り注ぎ、船員たちの怒号が飛ぶ。


群れになったカモメが帆に取りつき、

くちばしで布をついばみ、

帆綱ほづなに爪を立てて暴れ回る。


「やめろ、このバケモン!」

「帆を裂く気か!」


船長バルナークは、腹を抱えて笑っていた。


「はっはっは!

 自爆を誘うとは、面白ぇ従魔じゃねぇか!」

(意味:ああ、騒ぎを起こして敵を呼び寄せるタイプの従魔か)


寡黙な水夫ドランは、

モップを握ったまま、完全に動きを止める。

――次の瞬間、ぴくりと肩を震わせ、叫んだ。


「船長! 笑い事じゃないぞ!」


リディアとカテリーナは即座に判断し、

風の障壁を展開して周囲を守る。


その一方で――

ヴィクターは甲板の端に立ち、

杖を握りしめたまま、空を睨んでいた。


わずかに目を細め、

低く呟く。


「……始まったな」


その一言で、

甲板から“日常”が剥がれ落ちた。


――ドスン。


鈍い音が、甲板の中央に落ちる。


「……ゴブリン?」


誰かが、確かめるように呟いた。


甲板に落ちたそれは、

生き物だった痕跡だけを残した塊だった。


皮膚は裂け、

内側の肉は灰色に変わり、

腹部からは、雨に叩かれても消えない腐臭が滲み出している。


――死骸だった。


次の瞬間――


バシャーン!

バシャーン!


空から、雨のようにゴブリンの死骸が降り注ぐ。


甲板を、海面を、

容赦なく、次々と叩きつけていく。


腐臭が風に混じり、

船員たちは悲鳴混じりに死骸を海へ投げ返した。


足元にあったはずの安全圏は、

気づけばもう、

海の向こうへ消えていた。


それが、

最後に許された冗談だった。

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