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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第二部:欠けた神の夢編

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見送られなかった者

朝の空気は冷たく澄み、

旅立ちには、少し寂しすぎる静けさだった。


中庭には、見送りのために整列したメイドたちが並んでいる。

その列の端に、見慣れぬ新人メイドの姿がひとりだけ混じっていた。


――ルミエルは?


パパタローは、無意識のうちに視線を巡らせた。


いない。

どこにも。


そして、もうひとり。

あの、誰よりも世話焼きな少女の姿も見当たらなかった。


――カリンも、いない。


あのカリンが、見送りに出てこないなど珍しい。

だが、理由はすぐに思い当たった。


昨夜。

ルミエルとムニンの「密航大作戦」に付き合わされ、

荷をまとめ直し、見張りをし、説得し、

最後には――無駄だと知りつつ、布団に押し込んだ。


「……ほんと、世話の焼ける……」


そう呟きながら、

それでも毛布を掛け直していた背中。


今頃きっと、

目の下にくっきりと隈を作って、

気絶するように眠っているはずだった。


その沈黙を埋めるように、

カテリーナが一歩前に出る。


「パパタローさん。

 ルミエル様は……今朝は来られないとのことです」


「……そうですか」


それだけ答えた。


ルミエルがいない。

その事実が、遅れて胸の奥に沈み込んでくる。


昨夜、あれほど強がっていたのに。

最後くらい、顔くらい見せてくれても――


「……あの、理由は――」


そう問いかけようとした、その瞬間。


カテリーナは一礼し、

それ以上、何も言わずに背を向けた。


靴音が、石畳を淡々と叩いて遠ざかる。


問いは、宙に置き去りにされたまま。


パパタローは口を閉じ、

結局、その理由を知ることはなかった。


だが、その未練を断ち切るように、

彼は何も言わず、馬車へと乗り込んだ。


扉が閉まり、

御者が手綱を取る。


その様子を見届けてから、

カテリーナがあらためて前に進み出る。


「旦那様」


ヴィクターの前で、深く頭を下げた。


「急なお願いで恐縮ですが、

 新人メイドのミレッタを同行させたく存じます。

 旅のあいだは、私が全責任をもって指導いたします。

 どうか、ご許可を」


言葉は丁寧で、揺らぎがない。


「……」


ヴィクターは一瞬だけ考え、

新人メイドの方へ視線を向け、やがて静かに頷いた。


「構わん」


「ありがとうございます」


カテリーナは一礼し、身を引く。


少しの間を置いて、

新人のメイドが一歩前へ出た。


小柄な体躯。

長い栗色の髪をまとめる控えめなリボン。

整った顔立ちだが、どこか儚さを帯びている。


青緑色の瞳が、

一瞬だけ馬車の方――閉ざされた扉へと向けられ、

すぐに、逃げるように伏せられた。


ぎこちない所作でスカートの端を摘まみ、

静かに一礼する。


「十四人目のメイド、ミレッタでございます」


声は小さい。

だが、不思議と澄んでいて、耳に残る。


「旅のあいだ、薬草の知識と、手先の細かさで……

 少しでもお役に立てればと存じます」


ほんの一瞬だけ。

口元が、わずかに――微笑んだように見えた。


馬車の中から、その声を聞きながら、

パパタローは視線を落としたまま、何も言わなかった。


「ご武運を、旦那様」


十一人のメイドが列をなし、

一斉に頭を下げる。


見送る者は、確かにそこにいた。


――ただひとり。

本来、いるはずの者だけが、いなかった。

そういえば――

ムニンの姿も、見当たらなかった。


馬車に揺られながら、

パパタローはぼんやりと、そのことを思い出していた。


あの騒がしい白猫が、

何の前触れもなく静かだった朝。


風の音と、車輪の軋む音だけが続く。

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