騒がしい夜、静かな嘘
夜。
シルバーハート邸の客間。
パパタローたちは、明日の出発に備えてせっせと荷造りをしていた。
──ところが。
「にゃ~ん……まだ、世界がふわふわするにゃ~……」
ムニンがクッションの上でだらしなく伸びきり、
マタタビの余韻にぐでんぐでんになっている。
半開きの目と、力の抜けた四肢から、完全に使いものにならない様子が伝わってきた。
「ほら、ちゃんと寝なさい。明日、出発でしょ?」
布団を敷きながらカリンが声をかけると、
ムニンはごろんと背を向ける。
「いかにゃい……ムニンはここにいるにゃ……
マタタビで又旅へ~……にゃぁーー……」
意味の通らぬ寝言だった。
そんな中、
ふんわりと頬を染めたルミエルが、
ぷくっと丸まったシルクのマントをまとい、ぽてぽてと歩み寄ってくる。
「のう、パパタロー。
妾も行きたいのじゃ……どうか、連れていってくれぬか?」
上目遣いの瞳は、うるりと潤んでいる。
パパタローは少し困ったように笑い、
その緑の髪をそっと撫でた。
「いや……今回は危ない調査だからな。」
「妾は子どもなどではない!
立派な戦力なのじゃ!
しかも、そなたと年も変わらぬというのに……!」
必死に訴える声に、
パパタローの表情がやわらぐ。
「わかってるさ。
でもな、ルミエル。
お前が無事でいてくれることが、俺にとって一番大事なんだ。」
その言葉に、
ルミエルは真っ赤になり、もじもじと裾を握りしめる。
やがて、
ちょこん――と、パパタローの膝に腰を下ろした。
その温もりに触れた瞬間、
胸の奥がふわりとほどける。
「……ぬくいのじゃ。」
その穏やかな空気を、
盛大に壊す声が響いた。
「にゃーっはっは!
今夜は踊るにゃ! 旅立ち祝いにゃー!」
「寝ろっ!!」
カリンの投げた枕が、見事に命中する。
笑い声が弾け、
騒がしい夜は、あたたかなまま更けていった。
***
夜も深まり、
邸の廊下には人の気配が消えていた。
小さな足音と、ふにゃりとした鳴き声。
「にゃあ……ルミエル、ここでいいにゃ?」
「うむ。ここなら、誰にも聞かれぬ。」
ルミエルとムニンは、廊下の隅で顔を寄せ合う。
「よいか、ムニン。
妾は決めたのじゃ──絶対に、密航してみせる!」
「にゃー! 密航大作戦にゃ!」
小さな手と肉球が、ぱちんと合わさる。
【極秘】ルミエルとムニンの密航大作戦書
作戦名
「絶対にバレずにこっそりついていくのじゃ作戦!」
作戦メンバー
・隊長:ルミエル(作戦立案者・可愛さ担当)
・副隊長:ムニン(潜入・運搬担当)
目的
・パパタローと一緒に行く
・ついでにカリンも守る
方法
・荷物にまぎれる
・見つかったら涙目作戦
暗号
・ミカン=危険
・カステラ=続行
・どら焼き=全力撤退
成功率:74%(ムニン調べ)
──だが。
「さてさて、夜更かし組を発見だ。」
闇の中から、にょきっとパパタローの顔が覗いた。
手には、夜食の皿。
「──!!」
ふたりは固まる。
「こそこそ、何してるんだ?」
「ち、ちがう!
これは……旅立ちの、お祝い会なのじゃっ!」
「にゃ! 密航とかじゃないにゃ!」
「そっか。
じゃあ、一緒に夜食でも食べようか。」
月明かりの下。
小さな夜食会が、そっと開かれた。
ルミエルは恐る恐る尋ねる。
「……妾、ここに座ってもよいか?」
「もちろん。」
膝をぽん、と叩くと、
ルミエルは嬉しそうに、ちょこんと座った。
「……ぬくぬくじゃ。」
パパタローは、何も言わずに頭を撫でる。
「出発したら、たくさん土産話を持って帰るよ。」
「うん!」
小さな約束。
小さな嘘。
――行かない、という嘘。
その夜は、
誰にとっても、あたたかく、騒がしく、
そして静かに決意が固まる夜だった。
***
(なお、【密航大作戦】は――このあと、三度、始動する。)
まだやってんの?
う”---




