【閑話】落ちた粘土
──ぽっぽっぽっ、と囲炉裏の火が小さく弾ける音がする古い石造りの家。
老いた語り部・エルドリンは椅子に腰かけ、火を見つめながら静かに語り始めました。
「さて、今日は何の話が聞きたいんじゃ?」
小さな孫たち──リーラ、カイオン、そしてフィーナが目を輝かせながら声をそろえました。
「古い神さまのお話を聞かせて!」
エルドリンは頷き、ゆっくりと微笑みました。
「よしよし、それなら、ゴブリンがこの世界に生まれたときの話を聞かせてやろう。お前たち、ゴブリンという名を知っておるか?」
カイオンが元気よく答えます。
「森に隠れてる小さな妖精でしょ!」
「そのとおりじゃ。しかしな、彼らも昔は、偉大なる創造神エリュディオスの創り出したものだったんじゃよ。」
エルドリンは火にくべる薪を一本持ち上げ、話を続けました。
「太古の昔、まだこの世界が作られたばかりの頃のことじゃった。エリュディオス神はすべてを創り出す力を持っており、この世に天と地、海と大地、星々を形作り、命を吹き込んだんじゃ。そして最後に、人間という最高の存在を創ろうと決めた。」
リーラが興奮した声で聞きます。
「人間を創るって、すごく難しかったの?」
エルドリンは頷きました。
「そうじゃとも。神はひとつひとつ丁寧に、心を込めて創ったんじゃ。目、耳、口、手足、そして何より、魂を与えることが重要じゃった。だが、エリュディオスはあまりに集中しすぎてしまい、つい一瞬まばたきをしてしまったんじゃ。」
フィーナが不思議そうに首をかしげます。
「神さまがまばたきしたら、何が起こったの?」
「その瞬間、神の手から小さな粘土の塊がポロリと落ちたんじゃ。それはまだ完全な形を成しておらず、神のまばたきで目が離れた間に、闇の力を吸い込み、意志を持つようになったんじゃ。これがゴブリンの始まりじゃ。」
カイオンが身を乗り出して聞きます。
「その粘土がゴブリンになったの!?どんな姿だったの?」
「ふふ、ゴブリンたちは人間に似ておるが、どこか小さく歪んだ姿をしておった。自分が不完全だと知っておるから、何かを求めずにはいられなかったんじゃ。『どうしてわたしたちは神さまに愛されないのか?』『どうして完全な形にしてもらえなかったのか?』と、心の中で不満と嫉妬を抱え続けるようになったんじゃよ。」
「エリュディオスは、完璧に創り上げたはずの人間が、争いごとや負の感情に囚われ、予想外の行動をとることに疑問を抱き、天上からその様子を静かに見守っていた。すると、ゴブリンたちが誕生したことに気づいた。そして、自分がまばたきをした瞬間にその原因が生まれたことを理解したのだ。しかし、神はこう思った。『命を与えた以上、その命を消し去ることはできぬ』とな。」
リーラが小さく声を上げます。
「それで、神さまはどうしたの?」
「神はゴブリンたちにこう言ったのじゃ。『お前たちよ、人間の領域には干渉してはならぬ。お前たちは森の奥や洞窟に住み、そこで自由に生きよ。だが、もし人間に害を与えれば、その行いに見合う罰を受けることになるだろう』とな。」
森の奥のゴブリンたち
「それからじゃ。ゴブリンたちは森や暗い洞窟に隠れるように暮らすようになった。しかしな、人間への嫉妬は消えなかった。夜になると、こっそり村を覗き見て、『どうすれば自分たちも完全になれるのか』と考え続けたんじゃよ。」
フィーナがそっと言いました。
「なんだか、ゴブリンってかわいそう……。」
エルドリンは優しい目でフィーナを見て、静かに言いました。
「そうかもしれんな。けれど、ゴブリンもまた、エリュディオスの創り出した一部じゃ。お前たちももし森で奇妙な影を見たら、決して大声を出したり、ゴブリンを傷つけたりしてはならんぞ。ゴブリンも、ただ自分の場所を探して生きておるだけじゃからな。」
エルドリンは火を見つめたまま、言葉を切った。
孫たちは何も言わなかった。
囲炉裏の火だけが、ぽっ、と鳴った。
"God's blink created goblins!"
これがゴブリンと言われるようになった理由です。
おしまい。




