欠けを愛した少女
レーネは、村はずれに住み着いたゾファールに、幼い頃から強い憧れを抱いていた。
完璧を尊ぶ神々の中で、
彼だけが「欠陥」や「不完全」を否定しなかったからだ。
壊れたもの。
失敗作。
途中で止まった存在。
それらを前に、ゾファールは眉をひそめも、蔑みもしない。
ただ静かに見つめ、「まだ動く」「まだ変わる」と呟く。
その孤高の姿が、レーネには眩しく映った。
レーネは明るく、人懐っこい少女だった。
だが、どこか現実とずれた、不思議な気配をまとっている。
彼女は「欠陥」を許すのではなく、
迷いなく愛した。
壊れているからこそ、美しい。
歪んでいるからこそ、目を離せない。
そう信じて疑わなかった。
小柄な身体に、肩まで流れる白い髪。
宝石のような淡い緑の瞳。
彼女はあえて、未完成の意匠のドレスを好んだ。
「完成させる楽しみがあるでしょう?」
それが、彼女の口癖だった。
ゾファールは工房に籠もり、創造に没頭していた。
彼の周囲に、他の神が近づくことはない。
危険。
理解不能。
逸脱。
そう評される存在だった。
だが、レーネは違った。
ある日、彼女は工房の扉を叩いた。
「ゾファール様。
私、あなたのお手伝いをしたいです!」
突然の来訪に、ゾファールは眉をひそめた。
「私は一人でいい。
私に期待するな。」
拒絶の言葉だった。
だが、レーネは怯まない。
「期待なんてしていません。
ただ、あなたの作るものが好きなんです。」
その言葉に、ゾファールの手が一瞬止まった。
だが、彼は何も言わず、再び作業に戻る。
それからレーネは、毎日のように工房を訪れた。
話しかけても、返事はほとんどない。
それでも彼女は、楽しげに作品を眺め続けた。
「左目のバランス、ちょっとズレてますね。
……でも、そこが可愛いです!」
ゾファールは手を止め、低く呟いた。
「欠陥を……可愛いと言う者がいるとはな。」
その瞬間から、
彼の中で何かが、わずかに軋み始めた。
それは父の言葉とは違う。
評価でも、基準でもない。
ただの感情だった。
やがてレーネは、
自分でも創ってみたいと思うようになった。
ゾファールの目を盗み、工房の片隅で、
小さな花の彫刻を作り上げる。
だがそれは、不格好だった。
途中で欠け、均整も取れていない。
明らかな失敗作。
ゾファールに見つかった時、
レーネは恥ずかしそうに笑った。
「すごく下手ですよね。
……でも、私、この花が好きなんです。」
その時、ゾファールは初めて、はっきりと笑った。
「欠陥を愛する……面白い視点だ。」
彼はその花を手に取り、
自分の創造物と並べて置いた。
工房の片隅に飾られたその花は、
彼にとって特別な存在となった。
レーネの想いは、
憧れから、恋へと変わっていった。
ある日、彼女は意を決して言葉を投げる。
「私は……ゾファール様のことが、好きです。」
ゾファールは一瞬、目を見開いた。
だがすぐに、どこか悲しげに視線を伏せる。
「私は創造に生きる存在だ。
誰かを愛する余裕も、資格もない。」
レーネは涙を浮かべながらも、微笑んだ。
「それでもいいんです。
そばにいられるだけで、幸せですから。」
その言葉は、
ゾファールの思想を静かに侵食していった。
彼は気づき始めていた。
創造は、進化だけを生むものではない。
誰かの心を揺らすことがあるのだと。
――そして、事件が起きた。
ゾファールの創造した生物が、
レーネを喰い殺した。
理由はない。
悪意もない。
ただ、そうなる構造だった。
最後に交わされた言葉。
「ねぇ、ゾファール。
私は……欠陥品だと思う?」
「お前もまた未完成な存在だ。
だが、進化の可能性は否定できない。」
「……それって、褒められたのかな?」
答えは、なかった。
「私は神の子だ。
欠陥の神だ!!」
その叫びとともに、
ゾファールは初めて、そして最後に涙を流した。
その涙は、二度と流れることはない。
欠陥は、進化を生む。
だが同時に――
愛すら、喰い尽くす。




