欠けた神
「ゾファール、こんなものではダメだ。」
工房に入ってきた父は、作品を手に取ることもなく、
ただ少し距離を置いて立ったまま言った。
声は低く、落ち着いている。
怒鳴るでも、嘲るでもない。
それがかえって、幼いゾファールの胸を締めつけた。
ゾファールは、小さな手で木片を削り、人形やおもちゃを作っていた。
最初の作品は、歪で不格好な木の鳥だった。
羽の左右は揃わず、嘴もわずかに曲がっている。
それでも完成した瞬間、
胸の奥が熱くなり、思わず父を見上げた。
――できた。
その喜びを、父は視線ひとつで切り落とした。
「え?」
ゾファールが声を漏らすと、父は静かに首を振った。
「線が甘い。左右の均衡が取れていない。
完成品とは言えん。」
父はそう言って、初めて鳥に目を向けた。
だがそれは“見る”というより、“測る”目だった。
父は、人形に近づこうとはしなかった。
少し距離を置き、全体を見渡す。
その視線は、かつてと同じだった。
“作品”ではなく、“基準”を見定める目。
その場に、もう一人、
同じ目で人形を見ている者がいるかのような錯覚があった。
「欠陥を残すなど、創造者として失格だ。」
淡々とした言葉だった。
正論であり、教えであり、父なりの愛情でもあった。
ゾファールは何も言えず、ただ鳥を抱きしめた。
胸の奥に、冷たいものが落ちていく。
それでも彼は諦めなかった。
より滑らかに、より美しく。
何度も作り直し、父に見せた。
だが、そのたびに返ってくる言葉は同じだった。
「まだ足りない。」
「完成とは呼べない。」
「理想に届いていない。」
父は決して怒らなかった。
だが、決して肯定もしなかった。
その沈黙の積み重ねが、
ゾファールを少しずつ孤独にしていった。
********
ある日、ゾファールは壊れて捨てられていた古い道具を集め、
奇妙な機械を作り上げた。
歯車は噛み合わず、軸も歪んでいる。
まともに動くとは思えない、不完全な装置だった。
それでも――動いた。
ぎこちなく、音を立てながら。
だが確かに、動き続けた。
その瞬間、ゾファールの胸に小さな灯がともった。
「……欠陥があっても、動くんだ。」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
その時、彼は初めて気づいた。
「欠陥」という言葉が、
必ずしも否定で終わるものではないことに。
完璧を目指す父の教えとは、
別の道があるのではないか――。
ゾファールが十歳になる頃、
彼は自分だけの工房を作り、日夜創造に没頭するようになっていた。
周囲からは「変わり者」と囁かれ、
友と呼べる存在もほとんどいなかった。
だが、彼は気にしなかった。
「完璧は、退屈だ。」
そう呟きながら、
不完全であっても動き続けるもの、
壊れながら変わるものを作り続けた。
********
ある日、ゾファールの工房に父が踏み込んできた。
床の中央に置かれたのは、自動人形。
ゾファールにとって、紛れもない最高傑作だった。
だが父は、細部を一瞥しただけで顔を歪めた。
「……未完成だ。」
声は低く、抑えられている。
それが、怒りの兆しだった。
「お前はいつまで未熟でいるつもりだ!
完璧を追求しない者は、創造者ではない!」
その言葉に、ゾファールの中で何かが切れた。
「完璧なんて、意味がない!」
初めて、彼は父を正面から見据えた。
「欠陥があるからこそ、新しいものが生まれるんだ!
止まらないもの、変わり続けるものこそ――創造だ!」
沈黙。
父は言葉を失い、
その場に立ち尽くした。
次の瞬間、ゾファールは工房を飛び出していた。
「ゾファール!!」
背後で、父の声が割れる。
「戻ってこい!」
だが、ゾファールは振り返らなかった。
暗闇の中へ、ただ歩き続ける。
残された父は、その場に崩れ落ち、
震える声で名を呼び続けた。
「……ゾファール……」
その声が届くことは、もうなかった。
――父は、最後まで自分が何を失ったのかを理解できなかった。




