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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第一部:狐嫁と光の祭り・災の神編

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光の祭り⑨~花火の夜、娘を託す

パパタローは、柔らかな布の感触と、

鼻をくすぐる薬草の香りに意識を引き戻された。


ゆっくりと目を開けると、

木で組まれた天井と、淡い光を通す白布が揺れている。


エルフ族の療養テントだった。


脇腹にまだ熱は残っている。

だが、あの“災の腐敗”の痛みは、もう無い。


「……ここは……?」


声を出すと、布の向こうで誰かが息を呑んだ。


「パパタロー!」


布をかき分けて飛び込んできたのは、ルミエルだった。


瞳には涙の跡が残っている。

けれど、その顔は確かに笑っていた。


「よかった……ほんとうに……よかった……!」


パパタローは上体を起こそうとして、すぐに痛みに顔をしかめる。


「無理はしないでください。」


静かな声が背から支えた。


振り返ると、銀髪の男──

ヴィクター・シルバーハートが立っていた。


「災の毒は完全には抜けていませんが、命に別状はありません。

 あと数日は安静に。」


「ありがとうございます。……助けてくれて。」


シルバーハートはわずかに微笑む。


「礼を言う相手は、私ではなく──」


視線をルミエルへ向ける。


「この方です。

 あなたを呼び戻したのは、彼女の涙でした。」


ルミエルは顔を真っ赤にした。


「そ、そんな……妾は泣いただけじゃ……」


「そっか。

 でも……ありがとう。」


パパタローが笑うと、

ルミエルは胸に顔を押しつけて、もう一度小さく泣いた。


テントの外からは、メイドたちの掛け声、

鍋の音、

治療を受ける兵士たちのざわめき、

そしてクララのフルートの音色が聞こえてくる。


世界が、もう一度動き始めていた。


「……外、随分にぎやかだな。」


「皆、戦いを生き延びて……

 いま癒やしの時間なのです。」


シルバーハートが答える。


「行ってみる?」


パパタローが問うと、


「妾が連れていくのじゃ!」


ルミエルは笑顔で手を取り、外へ導いた。




外へ出た瞬間──光景が広がった。


メイド十三人衆は、負傷兵の治療と炊き出しに奔走している。

その手際は軍隊以上に統制が取れ、誰一人、取り乱していない。


傷ついた者たちは肩を貸し合い、

泣き、笑い、抱き合っていた。

戦が終わったのではない。

――「生き延びた」ことを、互いに確かめ合っているのだ。


そこへ、クララのフルートが風に乗って流れた。

リディアがやわらかなバイオリンを重ねる。

音は傷口を縫う糸みたいに、谷の空気をほどいていった。


いつの間にか、小さな踊りの輪が生まれていた。


「パパタロー、妾と共に舞おうぞ!」


ルミエルが袖を引く。

さっきまで泣いていたとは思えないほど、瞳が輝いていた。


「あんまり激しいのは無理だぞ」

「妾が支えるゆえ、問題なしじゃ!」


二人の足取りはぎこちない。

だが、そのぎこちなさが、いまは何より優しかった。


「……花火もあればいいのに。田舎の花火が懐かしい」


カリンがぽつりと言った。


パパタローは空を見上げ、少し首をかしげる。

次いで、口元だけで笑った。


「おし。花火、やってみるか」


両手を上げ、圧縮したウォーターボールの核に火種を仕込む。

そして、空高く打ち上げ──圧縮を解いた。


ドン。


空気が、遅れて震えた。


ドドドン。


夜空に、ようやく咲いた。


金と翡翠の光が、戦場の煤を一瞬だけ洗い流す。

歓声が遅れて追いつき、誰かが泣き笑いになった。


「魔法は……笑顔のために使わないとな」


パパタローが言うと、

ルミエルは誇らしげに胸を張った。


人々は空を見上げたまま、しばらく言葉を失っていた。

戦のあとに残る静けさではない。

――“生きている”ことを噛みしめる沈黙だった。


ムニンは人混みを避け、少し離れた岩陰に腰を下ろす。

耳だけは祭りの隅々まで拾い、

目を細めて小さく呟いた。


「夢の中みたいだにゃ」


だが――夜は、優しさだけで終わらない。


誰も知らないところで、“次”が準備されていた。


王国への使者フェルディンが戻ったのは、戦いの終わった早朝だった。

顔色が、悪い。


「トニール王より……謝罪です。

 だが、王の言い分はこうだ。――“軍事演習のはずだった”」


周囲がざわめいた。


「イゾレーター少佐とコントレア中将が、訓練に乗じて進軍。

 仮想敵国と称し……開戦に移行した、と」


「コントレアが……?」


クラウスの声が、掠れた。

幼馴染。戦場を並んだ仲間。

その名が、敵の側にある現実が、喉に引っかかった。


二人の消息は不明。

王国は捜索を続けているという。


そしてもうひとつ。

黎明のクーデターで失踪したヴァト王の一党は――

創造神連合に合流していた。



創造神連合――その名だけで、国の空気が冷えた。

噂ではなくなった以上、恐怖は“現実”として人々に降りていく。


ヴィクターは屋敷へ戻るなり、言葉を失った。

銀髪の奥の目が、いつもより深く沈んでいる。


――決断が要る。

そう顔に書いてあった。


彼はただ、外套がいとうを脱がなかった。

それが、今夜は眠れぬという合図だった。




「婿殿……せいが出るな。」


「ん? アーロンディールさん。」


アーロンディールがパパタローに近づいてきた。


「ちょっといいか?」


「わかりました。最後に特大の花火、上げますんで。」


パパタローは冗談めかして言いながらも、その場に向き合う。


空に、特別な変化はない。


「?」


沈黙ののち、アーロンディールが口を開いた。


「婿殿。この度は我が国を守ってくれて感謝している。

 で、ルミエルのことだが……」


「はぁ。」


「エルフとは言え、まだ五歳だ。」


「はい……?」


「まだ、一緒にするわけにはいかぬ。」


「……そうですね。まだ五歳ですから。」


パパタローの声には、控えめながらも強い意志が込められていた。


アーロンディールはその言葉を受け、しばし黙り込んだ。

彼女の瞳はどこか遠くを見つめている。

母親としての愛情と、エルフの長老としての責務が、

せめぎ合っているかのようだった。


ルミエルはカリンやムニン、メイド十三人衆と

一緒に笑い合っている。


その姿を見つめていた彼女は、静かに口を開いた。


「パパタロー。あなたを疑うつもりはないわ」

アーロンディールは、笑っていない。


「でも私は母で、長老よ。

 ルミエルは幼い。そして――この国の未来を背負う」


パパタローは一度だけ、息を呑んだ。


「全部は、理解しきれません。

 でも……彼女が大切だってことだけは、嘘じゃないです」


「理屈じゃない、と」


「はい。だからこそ――笑顔でいられるように守りたい」


ルミエルが笑顔ではしゃいでいる姿が見えた。


アーロンディールはその言葉に、微かに目を細めた。


「あなたのその決意、信じたいと思う自分もいる。

 でも、エルフとしての私が警告を与えずにいられないの。

 私たちエルフにとって時間の流れは人間とは違う。

 ルミエルの五年は、まだ彼女の成長の始まりに過ぎないけれど、

 その一瞬一瞬が特別で、二度と戻らない時間よ。

 それをわかった上で、彼女のそばにいられる覚悟があるのか?」


パパタローはしばらく静かに夜空を見上げ、

そして落ち着いた声で答えた。


「覚悟はあります。それに、僕にできるのは彼女のそばにいることだけです。

 彼女の時間を尊重しながら、必要なときに支える。

 それが僕の役割だと思っています。

 彼女にとって、自分の人生なんて、あっという間ですよ。

 それでも、彼女が許してくれるなら一緒にいたいです。」


アーロンディールは深く息を吐き、その胸中で葛藤を抱えながらも、小さく頷いた。


「……そうか。ただし、忘れないでほしい。

 この国の未来には多くの試練が待っている。

 そしてルミエルもまた、その試練の中で成長していかなければならない。」


一拍置いて、ふっと口元だけで笑う。


「魔導士殿にも、すでに伝えておいた。

 『我が娘をよろしく頼む』とな。

 ――お前と、あの魔導士殿。二人まとめて、逃がさんぞ。」


「わかっています。そのときには、僕も彼女の力になれるよう、覚悟を決めます。」


二人の会話は、遠くから聞こえてくる祭りの喧騒に溶け込んでいった。


そのとき、ルミエルの笑い声が風に乗って届いた。

アーロンディールの表情が柔らかくなり、母としての優しさが滲み出る。


「……あの笑顔が失われないこと。それだけが私の願いだ。」


その瞬間、夜空に咲いた花火の光が二人を照らし出した。

アーロンディールは、母としての愛情と長老としての使命感の間で揺れる心を抱えながら、

静かにパパタローの決意を見つめていた。


「お。ナイスタイミング!」


パパタローが笑う。


「婿殿……お前というやつは……。我が娘……我がルミエルを頼んだぞ。」


「この世界に来たときから覚悟してますよ。」


花火の残光が、夜空に淡く尾を引いている。


その背を見送るまで、カテリーナは手袋を外さなかった。


その光が──

あの「影の尾」の輝きと、どこか似ていた。



ルミエルは小さく息を呑み、

そっと空へ手を伸ばした。


「……クレハ。」


その名を口にした瞬間、

胸の奥に熱がこみあげる。


「妾……おぬしに、何ひとつ礼を言えておらなんだの。」


風がそよぎ、光の粉が舞ったように見えた。


「おぬしが……妾のために散ったこと……

 妾は……忘れぬぞ。

 妾は弱くて、泣き虫で……

 おぬしが支えてくれなんだら、パパタローも……守れなんだ。」


ルミエルは涙をこぼしながら微笑む。


「でもな、クレハ。

 妾……前に進む。

 おぬしが、最後に背中を押してくれたからのう。」


夜空の高みで、風がくるりと渦を巻いた。


影のような、光のような──

一瞬だけ、何かが揺らめいた気がした。


ルミエルはその気配に気づいたのか、

胸に手を当てて続ける。


「妾はもう、ひとりではない。

 パパタローも、母上も、皆もおる。

 ……だから心配せんでええのじゃ、クレハ。」


花火の火が、夜空にぱっと咲く。


金と翡翠の色が、

まるでクレハが微笑んでいるかのように揺れた。


「ずっと……妾の影でいてくれてありがとう。

 また会う日まで……

 ゆっくり休むがよい。」


花火の音が、高く響いた。




ルミエルが、二人が一緒にいるのに気づき、駆けてきた。


「パパタロー、母上と何を話しておった?」


「内緒ー!」


「意地悪じゃのう。母上と一体、何の話をしとったのかのう?」


「婿殿が内緒と言ってるのなら、内緒だな。」


「えーーーーーーー!」


周りの者たちが、一斉に笑った。




その笑い声が、光の谷を包み込む、ほんの一瞬。


遠く、誰もいない荒野。

夜風が、月光を浴びた荒涼たる地平を吹き抜ける。

その地平線には、まるで巨大な蜘蛛の巣のように、何か不吉な影が張り巡らされていた。


そこで、闇黒のアビスの影が、静かに頷いた。


――肯定。

それだけで、十分だった。


「……なるほど」

ネクロスは、喉の奥で笑った。


「これはこれは。

 実にええ『不完全性』ですなぁ」


巨大な巣の糸の上から、

うごめく無数の影――ゴブリンたちを見下ろしながら、

楽しげに続ける。


「魔力のだだもれ。

 治癒の不均衡。

 五歳の肉体」


指を折るように、ひとつずつ。


「どれ一つ欠けても、成立せぇへん。

 ――さすがは『欠陥の神』ゾファール様や」


月光が、巣の糸を白く照らす。


「さあて。

 月が満ちる頃合いですわ」


ネクロスは、影に向かって軽く頭を下げた。


「完全を否定し、

 欠陥を祝福するための『狩り』――

 始めましょか」


一拍。


「……旦那はんたちの幸せな夜は、

 ただの序曲や」


そして、心底うっとりした声で。


「いやぁ……たまりませんな」


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