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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第一部:狐嫁と光の祭り・災の神編

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光の祭り⑥~カテリーナ、泥濘(でいねい)に立つ

カテリーナの手には、ミスリルとドラゴンスケイルを融合したウォーハンマーが握られていた。

戦闘民族メイダの戦士でありながら、優雅なメイド服は一糸乱れず、彼女の凛とした佇まいを際立たせている。


泥濘から赤黒い風船が“ぷしゅり”と鳴る。

モルグレイヴの投げたそれが弾け、泥と魔力が混じり合ったマッドゴーレムが這い出してきた。


大地が震えた。

咆哮――フューリアスロア。

泥が飛散し、腐臭が森に満ちる。


「さて、メイドの仕事に戻る前に……少しだけ、お相手願いましょう。

ヌメヌメした下には、何が隠れているのかしらね?」


カテリーナは微笑したまま、巨大な拳を正面から受けた。

泥が爆ぜ、地が跳ねたが、彼女のメイド服はわずかに泥を散らしただけ。

むしろウォーハンマーの柄を握る指の力が増しただけだった。


「即興こそ、我計画。」


その言葉の通り、彼女は跳び、弧を描き、背へ一撃。

しかしマッドゴーレムは体内にハンマーを取り込み、逆に叩きつける。


カテリーナの身体が地を滑る――

だが、立ち上がるのは一瞬。


魔力がウォーハンマーに集まり、蒼い光が脈打つ。


「雷の一撃!」


雷鳴が森を裂き、マッドゴーレムが蒸発しながら崩れ落ちた。


パチ、パチ、パチ……


背後から、やる気のない拍手。

ネクロス・ダーウィンシップ。

赤と黒のストライプの道化が、くねるように足を組んでいた。


「お見事やなぁ……と言うとるみたいやろ?

せやけど、まあ、今日はここまでにしといたるわ。」


あまりにも淡泊に見えるその態度――

けれど、その声の底には“ねっとりと張り付く興味”が滲んでいた。


「逃がすものか!」


カテリーナが跳ね、ウォーハンマーを振り下ろす。

手応えは――ぽよん。


「何、この感触?」


「きゃー! 見つかってしもた〜助けてぇ〜」

振り返ったネクロスはニヤリ。

その軽薄さの下に“粘着質な執念”が蠢いていた。


「ほんまはやること山ほどあんねんけどなぁ……

しゃーなしや、もうちょいだけ遊んだるわ。」


彼の足元から、モルグレイヴがにょっきり現れた。

その風船魔術は戦死者を歪ませ、魔獣へと変える。


「なんて酷いことを!」


カテリーナの怒りは冷ややかだった。

魔獣を打ち砕く――が、破裂した風船の残骸が彼女を絡め取る。


締め付け。圧迫。


「……こんなものでは、私を止められない!」


魔力が解放され、風船の残骸は光に裂け飛んだ。

カテリーナは膝をつくも、気迫は揺らがない。


そこに、ねっとりとした声が森に満ちる。


「ええ絵やなぁ……死にゆくメイドの最期って、心に残るやろ?」


「あー。そういえば、メイダの王も――こうやって、ころしてしもうたなぁ……」


その言葉が森に残響した瞬間、カテリーナの血管が煮えたぎる。

空気が鋭く震え、葉がざわめき、枝がぶつかる音さえ重く聞こえる。


「ぐ……ぐぐ……」


喉の奥から、押し殺した唸りが漏れる。怒りにも聞こえる。


「……まあ、ええ。終わりにしたるわ」

「メイドを道化にするのも悪うなかったが……遊びはここまでや」


低く、底の見えぬ声。

それは言葉というより――理を呼び起こす響きだった。


「――アジャラカモクレン……」


その瞬間。


銀髪が、音もなく漆黒へと染まる。

毛先は赤く、まるで燻る炭のように燃え、瞳は深紅へと変じた。


魂を直視するための眼。

そこに宿るのは激情ではない。

冷酷な秩序と、静かな怒り。


背後に、薄霧のような黒い羽根が浮かび上がる。

血の匂いと、肌を刺す冷気が、森をゆっくりと満たしていく。


メイド服は闇の意匠へと歪み、

スカートの裾は裂けた影のように揺れた。

空気そのものが、凍りついたかのように沈黙する。


手にしたウォーハンマーが、呻くように形を変える。

柄は伸び、重心がずれ、

刃は鋭利な曲線を描く――死神の鎌。


刃の表面には、無数の“痕”。

それは装飾ではない。

かつて刈り取られた魂の残響。


「……お、お姉様……」


リディアの声が、かすれて落ちた。


カテリーナの瞳の奥に――

小さなローソクが、浮かび上がる。


一本、また一本。

人の数だけ灯る、命の火。


揺れる炎は、それぞれ違う長さを持ち、

残された寿命を、嘘なく示していた。


風が吹く。


消えかけの炎が、かすかに揺らめく。

消えれば終わり。

命は、そこで途切れる。


「……短いローソクよのぉ」


それは宣告ではない。

ただの“確認”だった。


死神と化しかけたカテリーナは、

動かず、構えず、ただ立つ。


それだけで、森に死の予感が刻まれる。


「死神かいな!?…」

「まさか、こんなとこでまた会うとは思わんかったわ…」


モルグレイヴは目を見開く。

膨らませようとした風船は、恐怖で指が動かない。

息が詰まり、空気が凍りつく。


「……理を乱す者」

「命の火――今ここで、消えるべきか……」


次の瞬間。


鎌が、振り下ろされた。


音はない。

風も裂けない。

ただ――世界の区切りだけが、落ちる。


死神の一撃は、

“斬る”のではなく、

存在の継ぎ目を断つ。


モルグレイヴの足元、地面に一本の線が走り、

遅れて、空間がずるりと歪んだ。


「……っ!?」


モルグレイヴは反射的に跳ぶ。

だが避けたのではない。

切られる場所が、直前でズレただけだ。


彼の背後で、一本のローソクが――消えかける。


「おお……えぐいなぁ……」


モルグレイヴの声が、わずかに掠れる。


「冗談やないで。

 これ、当たったら……“芸”やのうて、ほんまに終いや」


カテリーナは答えない。

死神に、言葉は不要だった。


再び、鎌が持ち上がる。


その瞬間――

モルグレイヴの風船が、勝手に膨らみ始めた。


ぱん、ぱん、と歪な音を立て、

命を吹き込まれたかのように脈打つ。


「せやけどな……」


モルグレイヴは、歪んだ笑みを浮かべる。


「理、理いうけど……

 わてら道化はな、理の“隙間”で生きとるんや。

 メイダは、わてらとは合わんのぉ!」


風船が破裂する。


中から飛び散ったのは、空気ではない。

無数の“未練”だった。


後悔、恐怖、執着、悪意――

刈り取られる寸前で逃げた命の残滓(ざんし)


それらが、死神の視界を一瞬だけ曇らせる。


「……!」


モルグレイヴの姿が、影に溶ける。


「はは……あっぶな……!」

「ほんま、刈られるとこやったわ!」


その瞬間――


――抱きとめられる感触。


意識が、じわりと霧のように薄れる。

冷たい力が、体中から抜けていく。

ウォーハンマーの重みが、まるで羽のように軽くなる。

死神の気配は、寸前で途切れた。


リディアが、気を失ったカテリーナを抱え、

その身体を静かに地に横たえる。


リディアは立ち上がり、光のメイスを握る。


「姉様の“理”は……私が守ります!」


その声は、祈りではない。

意志だった。


ネクロスは――笑った。


「はは……こわ」

「あっぶな。ほんま、刈られるとこやったわ」


その輪郭が、ぐずりと影に崩れる。


「まあまあ、今日はこのへんにしといたる」

「せやけどな……忘れんといて?」


影が、地に沈む。


「わてな」

「淡泊そうな顔して――意外としつこいねん」


「待て!」


「次はもっと……たっぷり絡んだるわ」

「お楽しみにや、メイドはん」


影に沈みながら、手だけがひらひらと揺れる。


「次回、またな――」


影は波紋のように消え、森に、静寂が戻った。


リディアは警戒を解かず、

カテリーナを背に立つ。


風も止まり、

虫の声すら息を潜める。


――完全に、いなくなった。


そう確信できた、ほんの一瞬。


呼吸が、ひとつ落ち着いた――その背後から。


「……なんてな!!」


声が、世界の裏側から降ってきた。


「ほんまに帰った思たん?」

「おつむ……お花畑なん?」


空気が跳ねる。

リディアのメイスが反射的に構えられる。


だが、姿はない。


代わりに――

木の葉、倒木、泥水の表面。

至るところに、“ネクロスの顔だけ”が浮かぶ。


「油断した?」

「その瞬間がな――いっちゃん好きなんよ、わて」


同じ顔。

だが、笑い方は全部違う。


「粘着質?」

「ちゃうちゃう、追跡は礼儀や」


「相手の呼吸ん中に入るんが――

 プロの道化っちゅうもんや」


木肌から、ぬるりと顔が抜け出す。


「メイドはん、覚えとき」

「わて、表面だけは淡泊や」


葉の裏から、囁き。


「ほんまはな……

 一度気に入った相手は、

 二十四時間、追いかける」


「ストーキング?」

「ははっ――道化の論理や」


「気に入られた方が、悪い。」

「わい死神のこと気に入ったわ!」


すべての顔が、同時に消える。


沈黙。


夜風が、ようやく森を撫でた。


その遠く、闇の底から。


「ほな、ほんまに次回な……」

「今度は“すぐ後ろ”立ったるから」


ひたり、と粘る気配が遠ざかり――


完全に、消えた。

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