光の祭り②~揺らぐ塔、迫る影
従者を先頭に長老アーロンディールが続いて歩く。
パパタロー達の後ろを従者のエルフたちがその後ろに従っている。
アーロンの髪が風に揺れるたび、金色の光がくるくると光輪を描く。
パパタローは思わず見惚れ――
「長い髪のケア、大変ですね」
アーロンはくすりと笑い、指で髪を整える。
「魔法があるだけで万能と…?」
「いや、魔法も体力も同じ。使いすぎれば寿命を削る」
風が葉音を伴い、三人は塔階段を登る。沈黙の中に木のきしみが響いた。
しばしの沈黙のあと、塔に入るとアーロンが話し出す。
「あの子は5年前に生まれた。緑髪の子で、緑髪は災いの子として同族に忌み嫌われる。これを知っているのは一部のエルフだけだ。また、面倒なことに、緑神として祀られ、命の根源とする者までいる。エルフはその神秘性ゆえに、人族に疎まれ迫害を受けている。あの子が一体何をしたというのだ!?そのエルフが人族のあなたを選んでいる。皮肉なものだ。
あの子は自分の置かれている状況を理解しているのだ。あの子には幸せになってほしいと願うのは、親のエゴなのだろうか。」
「…それを知った上で、人族のお主に問う。」
「あの子…ルミエルを幸せにできるか?」
「できるか、どうかは…わかりません。わかりませんが、約束します。」
「命をかけて幸せにします。」
「あははは」
「何かおかしなこと言いましたか?」
「5歳姿の口から出る言葉と思うと笑えてな。いや、すまん。
…そうか、それを聞いて安心したぞ。」
「力を扱う資格は、心のあり方にある。どうりでその霊杖が、安定しているわけだ。」
それ以上、アーロンは何も言わず歩いた。
「安定?」と、空のウォーターボールを見て、カリンとムニンは目を補足した。
「安定ねぇ…」
祭りの喧騒を離れた所にある白い塔の階段を3階ほど登ると、部屋に案内された。
部屋に入ると、不思議な感覚が漂っていた。
歩くたびにその感覚がふわふわと広がり、微かに甘い香りが漂っている。
「ここでお待ちを」とアーロンは言い残し、優雅に去って行った。
従者は部屋の中にパパタローたちを案内した。
扉が閉まる音が響き、部屋は静寂に包まれた。
「焦っても仕方がない。待つように言われたし、信じて待とう。」
パパタローはリュックを床に置き、部屋の中を見回した。
それなりに広い部屋には、古い家具や美しい絵画に目を留める。
ムニンはリュックから抜け出し、興味津々で部屋の中を歩き回っていた。
小さな足音が床に響き、彼の好奇心が伝わる。
部屋は行灯の柔らかな光で照らされ、古風な雰囲気が漂っている。まるでおしゃれな居酒屋にいるようだ、とパパタローは思った。
カリンとムニンは部屋の雰囲気や装飾に魅了され、場を壊さないよう静かにしていた。
突然、風がすうっと入ってきたかと思うと、部屋がガタンと音を立て、一瞬下に沈んだが、ゆっくりと進み出し窓の外の景色が変わり始めた。
今度はゆっくり上に登っているようだ。木漏れ日の谷が眼下に一望でき、幻想的な景色が広がっていた。カリンはその光景に感動し、涙を流している。
「彼氏と来たかった~~」と、カリンが呟いた。それを聞いたムニンがカリンに寄り添い、長い尻尾でカリンの背中を優しく撫でた。
「ばぁ!!!」
「わっ…ルミエルさん?」パパタローが腰を抜かした。ルミエルはいたずら顔で笑い、席をバンバンと叩いてパパタローに座るよう指示した。
「立ってないで、ここに座って、パパタロー!」
「…本当に5歳ですか?」
「そなたが言うか!?」
声のトーンが変わった。
「まぁ、妾はエルフに転生したからの。」
「記憶があるんですか?」
「ある。」
「いつからの記憶があるんですか!?」
「そうじゃな。少なくとも…
祠で初恋がどうとか話しておったのも覚えておるぞ。確か相手の名前はゆ…」
パパタローの顔が急に赤くなり、湯気が出た。
「止めてくれー。恥ずかしいいいいいいいい。」
「まぁ、良いではないか。
妾は昔のことには寛大だ。こればっかりは仕方がないのでな。」
「寛大も何も、男子の成長過程じゃないですか!」
「大体、そっちはどうなんですか?」
「妾は悪くないぞ。」
「何かやったんですか?」
「…」
「質問を変えます。」
「なんじゃ?」
「離婚はできるのでしょうか?」
「えっ、妾がいやか?」(じわっと涙を出す)
「いえ、あ、ごめん。そういうことでなくて、アーロンさんにさっき言えなかったんですが、異世界に来て5年です。俺、こう見えて中身は35歳ですよ。見てくれ5歳で、カモフラージュされてますが、犯罪ですよ。これ!」
「何だ、そういうことか。質問の仕方が意地悪じゃの。そんな事をいったら妾は1005歳じゃ。」
「確かに…。」
「異世界召喚の呪いみたいなものじゃ」
「呪い?何を言って?」
「まぁ、聞くのじゃ。面倒くさい説明ぞ。1回しか言わん。
妾はかつて僧侶によって妖石を分けられ、その魂までもが断ち切られてしまっておったんじゃ。
輪廻することもできず、永遠に囚われの身となる運命にあっての。
そんな折、ヴァト王が何を思ったか死んでいる妾に異世界を召喚する儀式を行っていた、その結果、散らばっていた妖石が一つにまとまったのじゃ。妖石の召喚、分断された魂は1つになり本来の昇天の道となるはずじゃった。ヴァト王が気づいておるかは知らんが…。
本来なら、そこで終了だったのだが、そなたが書いた魔法陣が機能してしまった、偶然にも狐の嫁入りエリアに居合わせたそなた達がその召喚の対象とされてしまったのじゃ。昇天を選ぶこともできたがの、そこは妾とそなたとの間柄じゃ。「狐の嫁入りの掟」を利用してな、そなたとの契によって、自らの意思で異世界への転生の道を選ぶこととしたのじゃ
まぁ歪んだ形での異世界召喚と異世界転生が同時に起こったのじゃ。幸いなことに、そなたは5歳でとどまることができたが、これもまた運命の導きじゃろう。
「そして、未だに5歳なのは、そなたは生の巻き戻りが生じているであろう。」
「怪我をしても、即治らぬか?」
「あ。」
「あれは、治っているようにみえるだけで、元に戻っているだけじゃ。」
「ただし、不老不死ではない。例え指が切れても、くっつくことはない。」
「妾と命を共有しておる。」
「共有?」
「そなたはエルフは何年生きると思っておる?」
「契約でルミエルの時間を3人で共有しておる。妾は充分に生きたでの。そなたらと等分を生きることができてむしろ満足じゃ。」
「おれはこのままなのか?」
「いや、妾と共に成長するはずじゃ。契約の追認をすればな。」
「追認?」
「あとで、行うとするかの」
「そなたは相変わらず優男じゃ。
妾はそなたを選んだのは正解であった。
そなたで良かった。とでも言っておこうかの。それだけじゃ。」
「不満か?」
「いえ。満足です。」
「同じ質問を問うが、どうじゃ?」
「妾は面倒ごとの塊ぞ。」
「まぁ、実感ないけど大丈夫じゃないですか。」
「なんとも、頼りない!同じことを言うなら、そこは、俺に任せとけの一言で良いのじゃ。」
「なるほど。…面倒事、ひっくるめてルミエルを守ります。」
「なっ。そなたはずるいの。」ルミエルは顔を赤くした。
「年齢の不安は払拭されましたからね。」
「一言、余計じゃ」
ガタン。
上に登っていた部屋が、今度は下に降り始めた。
向こうには地平線が見える。
ルミエルがパパタローの肩にもたれかかった。
「さっき言えなかったことじゃ…。
平安時代といったかの。妾は九尾の狐だったのじゃ。人間に興味があってな、どうしても一緒に過ごしたかったのじゃ。人間に化けることにして一緒に生活がしたのじゃ。何か悪さをするつもりは毛頭なく毎日を楽しく暮らしておった。ある時、鷹狩に来ていた権力者に見初められてしまったのが運の尽きじゃ。断り続けたが、親切にしてくれた仲間を人質にされて、言うことを聞かざるを得なかった。権力者は更に私に熱をあげ、政治を蔑ろ(ないがし)にしてしまい、飢える者が増えていった…。陰陽師の安倍某と言ったかの、原因は私が九尾の狐が人間に化けていると分かると討伐対象にされて石にされてしまったのじゃ。妾は贅沢を望んだわけではないのだが…。それから1000年もあそこにいたのじゃ。一人でいる寂しさに涙も枯れて、何もかも諦めておったよ。
そんな時に、そなたが…タローが、偶然、わらわを見つけてくれて、わらわの隣で話をしてくれた。それがどんなに嬉しかったことかの…。もう一人は十分だ。」
「こんな話をするのは、そなただけじゃ。他の者には話したところで、信じないだけならまだ良いが、気が狂ったと思われるのが関の山じゃしの。」
行灯の光が揺れた。
「…?」
「あれ?そう言えば従者の方がいない。」と、パパタローが周りを見渡す。
「どうした?」
「一緒に入ってきた従者の方がいないと思って…」
「ああ、あの者か。あれは、妾じゃ!」
「妾?」
「百聞は一見にしかずじゃの。そこで見ておれ。」とルミエルは袖から1枚の葉を出し、頭に乗せ、
その場で従者に変身してみせた。
「どうじゃ?狐の変化には葛の葉が必要なのじゃが、妾は狐ではないので、頭に葉っぱを置いただけでは変化は出来ぬ。」
「確かに。狐じゃない。どのようにやるんだ?」
「ここは魔法世界。葉の裏に魔術を施しておるのじゃ。まぁ欠点もあるがの。葉の劣化具合で時間で術が解けてしまうのじゃ。市場で、予想外に術が早く解けてしまったからの。結果的にはそなたらに会えたので、良しとするがの。」
「魔法なら唱えればいいでは?」
「出来ないことはないが、変身している間は、唱える必要があるのじゃ。葉に施すことで為せる技ぞ。紙だと、瞬時に燃える。」
「凄い!」
「そうじゃろそうじゃろ。」とルミエルは満面の笑みを見せた。
「唇、口紅塗ってるんですか?」
「そうじゃ。」
「もしかして、塗り慣れてないんですか?」
「ん?似合ってないか?」
「いえ、とても魅力的です。」
ルミエルが赤くなった。
「ちょっといいですか?」
「え!?」
パパタローがルミエルの唇に指を伸ばし触れた。ルミエルは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにする。
「何を!」
「取りましょうか。こっちを向いて。」
「え!?ちょっと。何をする!?」
パパタローはルミエルの口に指をそっと当て、むにっと唇を拭った。
「ほらっ。前歯に口紅が付いてましたよ。これで良し!」と、パパタローは良いことをしたと純粋にニコニコしていた。
えーーー。わらわは前歯が赤いまま、ずっと真顔で話してたのか?(涙)早く言ってよ~と、真っ赤なルミエルだった。
「あー。パパタロー何してるの!?」と景色に酔いしれていたカリンが、大人の空間に割って入ってきた。
「何、いちゃついてるにゃ?誰その子、相変わらず手が早いにゃ。」
「早いって誤解を招くよう事を言うな!」
「誰にゃ。」「誰にゃ。」「誰にゃ。」
「僕はパパタローとの唯一無二、口に足を突っ込む仲のムニンだよ。」
なんだ、その自己紹介は?
「ルミエルちゃんじゃないの!元気してた?会いたかったよ~。アーロンさんがママなの?」
「アーロンさん、綺麗だよね~。家のママとは違うよね。」
「兄が怒るぞ。ははは。」
「コホン。お主ら、落ち着かれよ。」
「お主?」
ルミエルが一つ咳払いをして、脱線した話を戻そうとした。
ルミエルはパパタローの顔に近づき、華奢な手で眼帯を外した。
「儀式みたいなものじゃ。ビクつくでない」
ルミエルの髪が、パパタローの頬にはらりと触れる。
彼女はパパタローの顔をそっと両手で包み、右目を覗き込んだ。
「妾の右目と、そなたの右目を重ね合わせるのじゃ」
二人の右目に刻まれた“狐の印”が、触れ合おうとした――その瞬間。
部屋が揺れた。
「なんじゃ!?」
塔全体がきしみ、床がぐらりと傾く。
遠くで、何かが破裂するような轟音が響いた。
観覧車のあたりだ。
そこから、光が噴き上がる。
夜空を裂く稲妻のような光柱――
だが、その周囲は逆に“闇”へと沈んでいく。
光の中心から、闇が滲み出すように広がっていく。
叫び声が、途中でぷつりと途切れ、音だけが消されていった。
「……っ、なんだ、あれ……!」
パパタローが思わず立ち上がる。
そのときだった。
ルミエルの瞳が、ふっと揺れた。
行灯の灯りが反射したのかと思った。
だが次の瞬間――翠が、ゆっくりと溶けていく。
瞳孔の奥から、
ぽたりと墨を垂らしたように“金”が滲み出た。
炎輪のような光が、虹彩の縁をぐるりと縫い、
色がひっくり返るみたいに、瞳全体を支配していく。
「……ルミエル?」
パパタローが名前を呼ぶ。
だが、もう“彼女”ではなかった。
ルミエルは答えない。
代わりに、すく、と立ち上がる。
イスがきしむ音さえしなかった。
まるで、影だけが先に立ち上がり、それに身体が追いついたかのような静けさで。
金の瞳が、遠くの一点を見据える。
ここではない、どこか。
「おい……どこへ行くんだ?」
パパタローが一歩踏み出した瞬間――
ルミエルの背に、“見えない風”が走った。
髪がふわりと逆立つ。
金色の光が、瞳の底で花火のように弾け、
彼女の周囲の空気だけが、別の密度を帯びていく。
――すう。
室内の空気が、ひと呼吸ぶん“沈んだ”。
誰も動いていないのに、
壁に映る影だけが、ふっと揺れる。
次の瞬間、
「……っ!?」
パパタローの足元の影が、別方向へ伸びた。
自分の影なのに、自分の意志で動いていない。
影が、獣の足のような形を作り――
パパタローの両足を、がし、と掴んだ。
「うあっ……!? な、何――」
体重ではない。
“存在”そのものを後ろへ引っ張られるような感覚。
肉体ではなく、魂の芯が軋む。
そのとき。
床の影が、一箇所に集まった。
色だけを抜いた墨の塊が、人の形を縫い上げていく。
輪郭が生まれ、髪が揺れ、瞳にだけ色が宿る。
クレハ。
影が人になるとき、音は生まれない。
ただ、世界から色がひとつ分、抜け落ちる。
クレハの枯葉色の琥珀の瞳が、
まっすぐパパタローを射抜いた。
「……退け」
声ではなかった。
“意味”だけが、脳に直接落ちてくる。
パパタローは、震える足を無理やり踏みとどめる。
「だ、誰だ……お前は……!」
問う声は震えた。
だが、その震えさえ、この部屋から“記録”されない。
クレハの足元に影は落ちない。
落ちても、床に触れる前に、彼女自身に飲まれて消えた。
存在そのものが、世界に拒絶されている。
クレハはわずかに首を傾げると、
氷のような囁きを落とした。
「見てよいのは──“ヴェルカ様”だけ」
クレハの言葉が落ちた瞬間、
室内の温度がさらに一度、下がった。
パパタローが息を吸おうとした刹那――
影が跳ねた。
「っ……!」
床に落ちた自分の影が、
クレハの指先の動きに合わせて変形していく。
刃だ。
黒い“影の刃”が、彼の喉元へ向けて形を尖らせた。
「契約者。
近づく資格は、まだない」
クレハの腕が上がる。
武器は持っていない。
だが、切られる未来だけが、先に脳裏に焼きつく。
「やめ──っ!」
パパタローが身を捩るより早く、
影の刃が突き出された――
……はずだった。
──ザッ。
空気を裂くように、風が流れた。
ルミエルの髪が、金色に爆ぜる。
彼女の体から、一瞬だけ“光の圧”があふれた。
ヴェルカとしての力が、
無意識の防御のように周囲へ波紋を走らせる。
その一撃だけで、影の刃は霧散した。
パパタローの足を掴んでいた影の手も、ほどけて床へ落ちる。
クレハは動きを止め、
口元だけで、ほんの僅かに笑った。
「……タイミングのいい方だ」
パパタローは膝をつき、荒い息を吐いた。
「な……んだ……今の……!」
クレハは答えない。
ただ、金の瞳を持つ“彼女”の方へと片膝をつき、頭を垂れた。
「迎えに参りました、ヴェルカ様」
その呼び名が落ちたとき、
ルミエルの――いや、その器の瞳は、完全に“金”になっていた。
ヴェルカがいた。
彼女は静かに、しかし迷いなく歩き出す。
壁の向こう、“光と闇のぶつかり合う場所”へ向けて。
パパタローは必死に声を張り上げた。
「待て! 話を──ルミエ──!」
名を呼びきる前に、
ヴェルカは手をひと振りした。
ドンッ!!
塔の壁が、内側から破砕する。
石片が飛び散り、夜風が雪崩れ込んだ。
外では、光と闇の脈動が渦を巻き、観覧車のあたりを飲み込もうとしている。
ヴェルカの金の瞳が、まっすぐ“あちら側”を見据えた。
「呼ばれておる」
その一言が、
パパタローの胸を殴りつける。
ヴェルカは、振り向かない。
ルミエルの面影を一片も見せず――
影と金火をまとって、夜の闇へ跳んだ。
残されたのは、
崩れた壁と、震えるパパタローだけ。
クレハだけが、その横顔を見下ろしていた。
「……遅れを取るな、契約者」
それが、唯一の“情”と言える言葉だったのかもしれない。
次の瞬間、
クレハの姿もまた影へと沈み、跡形もなく消えた。




