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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第一部:狐嫁と光の祭り・災の神編

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気持ち悪い音と“みどりがみ”の歌

神輿の上、猫背の男は、ゆっくりと目玉を巡らせ、一点を射抜いていた。

その瞳は、夜空の満月をり抜いて詰め込んだような異様な光を放ち、見返した者の意識を、底なしの闇の井戸へと突き落としていく。


神輿の柄と一体化したかのようなその手は、指先からどろりとした妖光を滴らせていた。


「さぁ、進むんだぉ。我が《わが》『災の蜜』を求めて、進むんだぉ。

 涎が止まらんぉ……ああ、早く脈四ツ石で背を伸ばしたいぉ。この猫背では、蜜を味わうにも邪魔だぉ」


ボキボキッ、ボキボキッ!


脈四ツ石を背に、男がぐいと身体を反らせるたび、背骨が不気味な音を立てて軋む。

それは、古木の枝が折れる音とも、石臼で骨を砕く音ともつかない、耳の奥を直接ひっかくような音だった。


周囲を埋め尽くす異形の者たちは、その音に歓喜し、狂気めいた熱を露わにする。


男の歪んだ顔には、恍惚と狂気が同時に浮かび、獣じみた叫びが低く響き渡った。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!」


耳を裂くような悲鳴は、尾を引くようにいつまでも止みそうになかった。


神輿を担ぐ者たちは、やがて揃って、低い声で不気味な歌を口ずさみはじめる。

その声は、地の底の割れ目から響いているかのような、湿った共鳴を帯びていた。


「探せ〜、みどりがみ〜

 何処だ〜、みどりがみ〜

 生け捕りだ〜、みどりがみ〜

 食うぞ〜、みどりがみ〜」


単純な句が、何度も、何度も繰り返される。

節の合間には、誰ともつかない囁きが差し挟まれた。


(闇に潜むその影を)

(絶対に逃がさない)

(命乞いも無駄だ)

(全部、喰らい尽くす)


それは歌というより、「狩りの合図」を擦り込む呪文だった。


歌声に呼応するように、周囲の空気は急速に冷え、闇だけが濃度を増していく。

声を上げている異形たちの目は血走り、緑髪の生贄を思い浮かべているのか、舌なめずりを繰り返していた。


「探せ〜、みどりがみ〜」


そのフレーズが繰り返されるたび、闇は少しずつ「形」を持ち始める。

木々の影と影の隙間がつながり、人の背丈ほどの黒い塊となって揺れ、その中に、見てはいけないものの輪郭がちらつく。


やがて、神輿はひらけた場所に出た。

古びた屋敷の前に広がる、石畳の広場だ。


屋敷は、闇に溶けたように静まり返っていた。

灯りはひとつもなく、窓ガラスは内側から何かにじっと覗かれているような、鈍い光だけを返している。


神輿が広場の中央に据えられると、猫背の男はゆっくりと立ち上がった。

その動きは、糸を切られた人形が、別の見えない糸に吊り直される瞬間のように、ぎこちなく、不自然だった。


男は、屋敷をじっと見つめ、歪んだ口元をさらに吊り上げる。


「ついに見つけたぞ……みどりがみ……」


その声にもまた、歌と同じく、直接魂へ届くような嫌な響きが混じっていた。

狂気と愛情と飢えが、どろどろに混ざった声だ。


男が屋敷に向かって手を伸ばすと、その掌から黒い光が放たれた。

黒い光はぬめるように屋敷を包み込み、輪郭を塗り替えていく。


――それは、ただの屋敷ではなかった。


屋敷全体が、ゆっくりと、巨大な口を開けた異形の怪物へと変わっていく。

門は牙に、階段は舌に、窓はぬらつく眼窩に変じ、広場そのものが喉の奥のように沈んだ。


怪物は、男を見据え、喉の底からうなるような声を響かせる。

それは地獄の底から吹き上がる蒸気音にも似た、聞く者の膝を震わせる音だった。


「さぁ、みどりがみよ。覚悟は良いか?

 我が『わざわいの蜜』となるが良い!」


男はそう叫ぶと、躊躇なく怪物の口の中へと飛び込んだ。


しばし、咀嚼そしゃくのような音が続く。


「あ〜……ん……」


くぐもった声が、どこからともなく漏れた。


そして次の瞬間、腹の底から絞り出すような絶叫が闇を裂く。


「違うではないかぉぉぉ!!

 これはみどりがみではないぉおおお!!」


怪物の口から、男の悲鳴とも笑いともつかない声がこだまし、

それに呼応するように、担ぎ手たちは再び歌を高らかに響かせた。


「探せ〜、みどりがみ〜

 何処だ〜、みどりがみ〜

 生け捕りだ〜、みどりがみ〜

 食うぞ〜、みどりがみ〜」


神輿と異形の群れは、屋敷をその場に残したまま、闇の奥へとゆっくり消えていく。

屋敷だったもの――いまは正体の知れぬ“器”だけが、再び沈黙を取り戻した。


歌声は、なおも遠くから響き続ける。


「探せ〜、みどりがみ〜……」


その呪歌は、闇夜にいつまでもこだまし、

緑髪を求める狂気だけが、世界のどこかで増殖し続けていた。

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