木漏れ日の谷へ――束の間のあたたかな時間
パパタローはヴィクターがいるであろう書斎へ向かって歩きだした。
木漏れ日の谷──光の祭りについて、彼に聞くためだ。
書斎へ向かう途中、カリンと歩くカタリーナの姿が目に入った。
「カタリーナさん、ちょうどいいところで。ヴィクターさんはいらっしゃいますか?」
パパタローが声をかける。
カタリーナは落ち着いた微笑みを見せる。
「あら、パパタローさん。ご主人様なら宮廷へ呼ばれて出かけておりますの。今日は遅くなるかと」
「宮廷に……?もう引退されたはずじゃ……」
「ええ、けれど“急ぎ”とのことで。他にも退役軍人の方々が呼ばれていますわ」
「物々しい話だな……」
「ヴィクターさんって、宮廷に呼ばれるほどすごい人なんだね」
カリンが素直に驚く。
「そうですわ。何と言ってもヴィクター様は“宮廷魔道士七席”のお一人でしたもの」
カタリーナは誇らしげに頷いた。
「退かれたあとは、先代の王よりこの地域の守護を託されたのですわ」
「頼りにされてんなぁ……ヴィクターさんは」
「それで、パパタローさん。どうなさいました?私でお力になれることがあれば」
「ありがとう。木漏れ日の谷に行きたいんだけど……西だってこと以外よく分からなくて」
カタリーナは顎に指を添えて小さく考える仕草をした。
そして、両手を頬の横でパンと叩いた。
「ムニン!」
空気がふわりと揺れ、白猫が瞬時に駆け込んでくる。
猫姿のままぴたりと止まり、すぐに獣人の姿へ変化した。
「何か呼んだかにゃ?」
「ムニン、パパタローさんが木漏れ日の谷へ行かれます。同行して案内なさい」
「道中は何があるかわかりません。くれぐれも用心を」
「え~~行くとは言ってないにゃ~。そんなに心配ならカタリーナが行けば──」
「何か言いましたかしら?」
にこりと微笑んだまま、目だけが鋭く光る。
ムニンはぴたりと固まり、同時にパパタローも凍りついた。
「はい!パパタローと同行しますにゃ!!」
気づけばパパタローまで姿勢を正していた。
カタリーナは満足げに微笑む。
「パパタローさん、本当にお気をつけくださいませ」
「人間族とエルフ族は国同士では友好を掲げていますが……実際には、長らく人間がエルフを迫害してきましたの」
「この間の市場の一件も、その名残でしょうね」
彼女は小さく息をつき、真っ直ぐにパパタローを見る。
「いくら“招かれた”とはいえ、木漏れ日の谷は繊細な土地ですわ。
何があるか分かりません。決して油断なさらないように」
「大丈夫ですよ。ほら、これもありますしね」
パパタローはエルフの杖を取り出して見せた。
「……これは。市場で見た時は気づきませんでしたが、アイナリーフの模様ですわね」
「アイナリーフ?」
「簡単に言うと、頭に葉っぱを乗せた“お狐様”ですわ」
「お狐様?」
「パパタローさんはご存知ないかと存じますが、アイナリーフ様はエルフの守り神。
九つの尻尾を持つ狐が、長寿ゆえに神格化し、外界へ降りる時にエルフの姿を取った──そんな言い伝えがありますの」
「へぇ……」
「聡明で長命なエルフは、その血を受け継いだとも。
逆にそれを嫉妬した人間族は、長命を奪おうとして神の逆鱗に触れ、短命になった……と続きますわ。
もっとも、人間族はその代わり創意工夫に長け、文明を発展させましたけれど」
「ただでは転ばないのが人間か……」
パパタローの脳裏に、ルミエルの姿がふっと過った。
※ ※ ※
にゃんにゃんにゃにゃーん♪
ムニンはパパタローのリュックから顔と尻尾だけを出し、ご満悦で鼻歌を歌っていた。
頭には静から巻き上げた狐面までつけている。
(白猫狐……お前、属性盛りすぎじゃない?)
「お前、人間化したり猫化したり便利だな」
「特訓したからにゃ。血のにじむ努力にゃ。変身なんて朝飯前にゃ」
「楽でいいよな、おい」
「揺れが少なければ完璧にゃ。でも眠くなるから悪くないにゃ……ふぁぁ……」
「いいなぁ、私も背負いたい」
カリンがうらやましそうに言う。
ムニンは誇らしげに胸を張った。
「カリンにゃ。私は“任務として”背負われてるのにゃ。勝手に降りたら怒られるにゃ」
「はいはい、わかりましたよーだ」
「分かればよろしいにゃ」
「いや、ただ“一緒に行け”って言われただけだろ」
パパタローが突っ込む。
カリンは猫じゃらしを鼻先でひらひら。
「へぶしっ……くしゅっ……や、やめるにゃ~~~!
遊びたいけど、遊んじゃダメにゃ~~~!」
「かわいっ」
カリンは笑い転げた。
やがて、パパタローが前方を指差す。
「……見えてきたぞ。木漏れ日の谷だ」
置灯籠の淡い光が道を照らし、
門までの空気は“夕暮れの神域”のように静かで、幻想的だった。




