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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第一部:狐嫁と光の祭り・災の神編

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初対面の再会@海山楽市⑤ ――戯れて、戯れられて

言いかけた声は小さく、

けれど確かな“続き”を求めていた。


パパタローもその気配に気づき、

わずかに体を寄せた。


「ん? どうした?」


ルミエルは数度まばたきをしてから、

胸元でそっと指を絡めた。


「いや……その……もう少し、話せぬかの……?」


カリンが「おー、そういうことねぇ〜」と

からかいを飛ばしかけた瞬間――


カテリーナがすっと前に出た。


「パパタロー様、ルミエル様。

 お気持ちはよく伝わっておりますが……」


彼女は市場の方向へ視線を送る。

通りの奥を、衛兵の一団が巡回していた。


「……ここは少々目立ちますわ。

 衛兵が増えておりますし、緑髪のお嬢様はどうしても視線を集めてしまいます」


ルミエルは驚いたように髪を押さえた。


「そ、そうなのか……?」


「ええ。ただ――」

カテリーナはやわらかく微笑んだ。

「せっかくのお時間を邪魔するのは惜しいですもの。

 海へ行きませんか? あちらなら、人も少なく、夕暮れも美しゅうございます」


カリンがぱっと跳ねる。


「賛成! パパタローたち、もっと話したいんでしょ?

 いや〜青春って感じ〜!」


「お、おまえな……!」


パパタローが赤くなる横で、

ルミエルは胸に手を当て、小さく頷いた。



市場の喧騒を抜けると、潮風がふっと頬を撫でた。


「こっちだよ! 海すぐそこ!」

カリンが先頭を走り、カテリーナが苦笑しながら追いかける。


パパタローとルミエルは自然と並んで歩いていた。

夕陽が落ちかけているのに、ルミエルの髪は柔らかな光を吸いこんだように揺れる。


「……浜の匂い、心地よいな」

「うん。なんか懐かしい気がするな」


たったそれだけの会話で、

二人の距離はほんの少し近くなる。


白砂の浜に踏み入った瞬間、カリンが叫んだ。


「うわ、気持ちいい! 走ろーーっ!」


そのまま水際へ駆け出し、

しぶきが夕陽を受けて金色の霧のように弾けた。


「はしゃぎすぎじゃろ、あやつは……」

ルミエルがくすりと笑い、

パパタローは靴を脱いで砂に足を埋めた。


「お前もやってみ? 気持ちいいぞ」


「む……では、少しだけ」


恐る恐る水に足を入れた途端――


「ひゃっ……つめたっ!」


思わずパパタローの腕を掴む。

一瞬だけ触れた体温に、ルミエルは慌てて手を離した。


「す、すまぬ! つい……!」

「いや、別にいいけどっ……!」


二人とも赤面。

遠くでカリンが手を叩いて笑っていた。


「なにやってんの二人ともー! 青春かー!?」


「やかましいわ!」

「ち、違うのじゃ!!」


波が夕陽を染める中、笑い声が風に乗る。


カリンが拾った貝殻を持って走ってきた。


「見てー! ハートの形してる!」


「本当だな。可愛いじゃん」


「パパタロー殿、これ……似合うであろうか?」

ルミエルは白い貝殻を髪にそっと当てる。


「……ああ、似合う。めっちゃ」


俯いた頬が夕陽より赤く染まる。

その様子に、カテリーナはそっと微笑んだ。


「まるで……姉の気分ですわね、わたくし」


波音は穏やかで、

砂の温度はやわらかく、

影ひとつ落ちない時間が流れた。


ほんの束の間。

“二人だけの記憶”になる時間だった。



水際ではしゃいだあと、カリンは砂に大の字。


「疲れたー! 海って楽しいー!」


「お転婆がすぎますわよ、カリンさん」

カテリーナは呆れつつも微笑んだ。


パパタローとルミエルは少し離れて座る。

濡れた足を砂に埋めると、ひんやりとした感触が心地よい。


「はあ……落ち着くな」

「うむ……波の音、よいのう」


手を伸ばせば触れられる距離。

けれど、誰もそのことには触れなかった。


風がそよぎ、ルミエルの髪がふわりと揺れる。


「パパタロー殿……その、持っておらぬか?

 さっきの……甘い食べ物」


「ああ! アイナリ・マンドゥな!」


袋を開くと、香ばしい匂いが広がる。


「妙な見た目じゃのう……これが甘いのか?」

「まぁ食ってみ。クセになるぞ」


ルミエルはそっと齧る。

カリンもカテリーナも、視線だけで見守っている。


瞳がゆっくり大きくなった。


「……あま……しょっぱい……

 なのに……なつかしい……?」


胸元を押さえる指が、かすかに震える。


ほんとうに、ごく僅か。


「どうした? 大丈夫か?」

パパタローだけが、その揺れに気づいた。


「だ、大丈夫じゃ! ちと……驚いただけじゃ。

 初めての味でのう。美味い……」


ルミエルは笑った。

その笑顔は、さっきよりずっと自然であたたかい。


「よかった。じゃ、もうひとつ」


「む? もう? はやいのう」

「顔に“もっと食べたい”って書いてたぞ」


「か、書いておらぬわ!」


二人のやりとりにカリンが転がって笑い、

カテリーナは胸に手を当て、幸せそうに微笑む。


夕陽は四人をやわらかく包みこんでいた。


──この日の記憶が、

後の闇の夜にこそ、強く輝くことになる。


でも今はまだ、

世界は優しく、甘い香りに満ちていた。



夕陽は水平線へ沈みはじめ、

波の色は金から紫へ、紫から深い青へと移っていく。


パパタローが袋を閉じながら呟く。


「……すっかり暗くなってきたな」


「うむ……綺麗じゃな」


そのとき。


ルミエルのまつげが、

かすかに震えた。


パパタローは気づかなかったが、

カテリーナだけがその揺らぎを見逃さなかった。


ルミエルは胸元に手を置き、

波へ向かって耳を澄ませるように視線を落とす。


「……あれ?」


「ルミエル? どうかしたのか?」

パパタローが身を乗り出す。


ルミエルは首を振る。

ただ、その表情には言葉にならない戸惑いがあった。


「いえ……なんでも……

 ただ……」


波が砂をさらうように、

心の奥でざわめきが揺れている。


「……聞こえますか?」


「え? 何が?」


ルミエルはゆっくり波の方を向いた。

夕陽の残光に染まった横顔に、

かすかな影が落ちている。


「ここに……音があるのです。

 人の声とも違う……

 風の音とも違う……」


胸元を押さえる指が、さらに震えた。


「本当は、聞こえちゃいけない音かもしれないのですが……」


カリンは動きを止め、

遠くからじっと様子を見つめていた。


ルミエルは波を見たまま、ぽつりと言う。


「“寂しい”って……

 そう聞こえるのです」


ルミエル自身の心が洩らした音だった。


静かな風が砂浜を抜けていく。


パパタローの胸が、

理由もわからぬまま、ふるりと震えた。


ルミエルは胸の前でそっと両手を握りしめていた。

波の音に紛れるような小さな声でつぶやく。


「……このまま帰るのは……さみしいのう……」


パパタローは聞き返すように顔を向けた。


「ん? 今なんて――」


「い、いや! なんでもないのじゃ!」

ルミエルはばたばたと手を振る。

夕闇に染まった頬が、さっきの貝殻のように紅い。


そんな二人の空気を、カリンは転がりながら笑った。


「まーた青春かー! こういう空気、いいなぁ〜、なんかさぁ〜」


「やかましいわ!」

「ち、違うのじゃ!!」


二人は同時に叫びながら、どちらも視線をそらした。


カテリーナはその様子にクスリと微笑む。

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