初対面の再会@海山楽市④ ――狐が跳ねた、その瞬間
パパタローは転がったりんごを拾い集めながら、周囲の空気に混じった“異様な緊張”を肌で感じていた。
露店のあいだから鎧の鳴る音が響き、衛兵たちが血走った目で市場をかき乱している。
「……印の反応はこの付近だ、見逃すな!」
怒号が市場の喧騒を断ち、パパタローの背筋に冷たいものが走った。
カリンがパパタローの袖をつまみ、ひそかに縮こまる。
カテリーナは周囲の動線を観察しつつ、一歩前に出て二人をかばうように立った。
そんな緊迫感をごまかすかのように、パパタローはりんごを差し出した。
「はい、りんご。」
ルミエルはしずしずと受け取り、その赤を指先で撫でながら口を開いた。
「妾は……『セリューの祠』より逃げ出してきたのじゃ」
空気がひとつ、凪ぐ。
カテリーナが小さく目を見開いた。
「セリューの祠……かつてヴァト王が召喚儀を執り行った“あの聖域”ではありませんでしたか?」
「然り。それゆえ、今は妾にとって“軟禁の場”ともなっておる」
ルミエルの声は淡く静か。
恐怖も怒りもなく、ただ事実だけが置かれる──それが余計に痛ましい。
「なるほど……だから衛兵たちがあれほど必死で探しているのですね」
カテリーナは低くつぶやき、視線で逃げ道を確認している。
パパタローは深く頷き、ルミエルの背負う重責がひしりと胸にのしかかった。
カリンも心配そうにルミエルの袖を見つめていた。
その時だった。
足元で何かがきらりと光る。
パパタローは地面に落ちていた一本の杖を拾い上げた。
細工は繊細、手触りは驚くほど軽い。
木でありながら、どこか金属めいた冷たさがあり、狐の耳、瞳、口元までもが緻密に彫られている。
握った瞬間、骨の奥に“すとん”と馴染む感覚が走った。
「……これ、ただの杖じゃないな」
鼓動のように微かな魔力が掌をくすぐる。
「妾の“霊杖”じゃ。探しておったのよ」
ルミエルの声に、ほっとした影が差した。
パパタローが柄のオーブを覗き込む。
瑠璃色の球は、まるで生き物の瞳のように柔らかな光を湛えていた。
「このオーブ、綺麗ですね……」
そう言った瞬間。
――ぽんっ。
青い光がはじけ、オーブの内部で小さな狐がひと跳ねした。
「……えっ?」
パパタローは思わず手を引きそうになり、カリンが隣から身を乗り出した。
「なにしてるの?」
「いや……オーブの中で狐が跳ねたんだ。本物みたいに動いた」
「狐が……跳ねた?」
カリンはぱちぱちと目を瞬かせた。
カテリーナもほんのわずかだけ眉を上げる。
「霊杖の“自動反応”……? 珍しいですね」
その様子を見て、ルミエルがふっと微笑んだ。
「『狐が跳ねる時、運命の歯車が回り出す』──古き伝承じゃ。
これはただの偶然にあらぬぞ」
淡い光を宿した瞳でパパタローをまっすぐに見つめる。
「お主の“印”が霊杖に応えた証よ」
心臓がひゅっと縮む。
右目の印が、勝手に反応した……?
逃亡中の神獣転生者──その霊杖に?
市場のざわめきが遠ざかり、ルミエルの言葉だけが耳鳴りのように残る。
──狐が跳ねる時、運命の歯車が回り出す。
足元の地面が、ぐらりと揺れたように感じたのは気のせいだろうか。
だがパパタローは直感した。
いま確かに“何かが動き始めた”。
戻れなくなるほど大きな流れが。
カリンはその気配に気づかず、「狐さんかわいい……」と呟いていた。
カテリーナは、ただひとり状況を理解し、静かに言った。
「……急ぎましょう。ここに長く留まるのは危険ですわ」
その声が、場を現実へと引き戻した。




