カリンの七日間
第一日|契約書という刃
初日は、紙の山だった。
戦技院の一室。
机の上には、十数枚の契約書が無言で積まれている。
「すべて、実在の形式です」
指導役――クラウスは、淡々と告げた。
「内容は単純。
ただし――必ず一つ、“踏めば終わる地雷”があります」
カリンは腰を下ろし、読み始めた。
護衛契約、運送契約、魔導具の保守契約。
数字は正しい。
文言も丁寧だ。
……だが。
(この条文、逃げ道がない)
指が止まる。
「ここ、損害補填が無制限です」
「気づきましたか」
クラウスは小さく頷いた。
「君なら剣で受ける。
だが商いでは――家が死にます」
その瞬間、
“守る”という言葉が、初めて重さを持った。
第二日|交渉の席にて
相手は、老獪な商人役の教官。
「値は下げられませんなぁ」
そう言って、にこやかに茶を啜る。
剣なら一歩で詰められる距離を、
カリンは言葉で測った。
(今、踏み込めば勝てる。
でも……)
彼女は、条件を一つだけ変えた。
「価格は据え置きで構いません。
代わりに、納期を三日延ばしてください」
商人役が眉を上げる。
「ほぉ?」
結果は――引き分け。
「勝たなくていい交渉もあります」
クラウスの言葉が、胸に残った。
第三日|数字の裏側
帳簿を任された。
収支は黒字。
だが、妙に静かすぎる。
「この店、潰れます」
カリンは言った。
「在庫が回っていません。
“売れているように見えるだけ”です」
即答で褒められた。
「正解です」
だが、続く一言が刺さる。
「では、誰が犠牲になりますか?」
答えられなかった。
第四日|意図された失敗
失敗するように組まれた案件。
どう動いても、誰かが損をする。
カリンが選んだのは――自分だった。
保証人の欄に、自分の名を書く。
結果、減点。
「最悪の選択です」
クラウスは断じた。
「君が倒れれば、
守る相手は全員、露頭に迷います」
その夜、カリンは眠れなかった。
第五日|言い訳の効かない朝
再試行。
同じ状況。
今度は、第三者を巻き込んだ。
街の共同組合。
被害を分散し、再建の余地を残す。
「……合格点です」
だが、カリンは笑わなかった。
(誰かが、少しずつ傷ついた)
それを、覚えてしまった。
第六日|剣に戻る
朝稽古。
木剣を交えながら、クラウスが言う。
「剣は、迷いを許しません」
カリンは一拍、遅れた。
その遅れは、
数字を知った者の遅れだった。
「悪くない」
その一言で、
ほんの少しだけ救われた。
第七日|選択の拒否
戦技院 商業部門・編入試験
――「数字の刃」
試験会場は、戦技院奥の円形講堂。
剣術場のように広いが、血の染みはない。
並ぶのは、木机、天秤、巻物、計算盤。
壁には、こう刻まれていた。
戦えぬ者は去れ
だが、数を知らぬ者もまた、戦えぬ
受験者は二十名ほど。
半数は元傭兵、数名は貴族の次男坊。
そして一人だけ――明らかに場違いな少女。
10歳相当の身体。
ざわめき。
――コン。
乾いた音が空気を断ち切った。
講堂中央に立つのは、
灰色の外套を纏った試験官ヴァイス。
「静粛に」
一言で、空気が凍る。
「本試験は三問。
剣も魔法も不要。
必要なのは――責任です」
第一問|報酬の罠
配られた契約書。
魔物討伐(中級)
報酬:金貨100枚
成功条件:対象の殲滅
備考:追加報酬あり
「この契約、即署名してよい者は誰か」
数名が手を挙げる。
ヴァイスは首を振った。
「不合格」
そして、カリンを見る。
「君は?」
「……誰も、即署名すべきではありません」
理由を述べる。
成功条件の曖昧さ。
追加報酬という罠。
「満点です」
第二問|戦後処理
被害一覧。
負傷兵、武器破損、民家半壊。
「誰が、何を請求しますか」
再び、カリン。
「民家です。
因果関係を証明できれば、修繕費は依頼主か領主が負担すべきです」
「負傷兵は?」
「治癒魔法は善意ではありません。
魔力消費は、資源です」
講堂が沈黙する。
第三問|実在案件
ヴァイスが巻物を開く。
「これは、戦技院が教材として記録している実在事例です」
一拍。
「案件番号三七二。
高魔力保持者。
被害規模、災害級」
名が告げられる。
「――パパタロー・R・シルバーハート」
ざわめき。
「この人物を、
組織としてどう扱うべきか」
沈黙。
カリンは立ち上がった。
「……稼がせません」
理由を語る。
「彼の魔力は奇跡です。
奇跡は常用すべきではない」
「使うのは、
世界が本当に壊れそうなときだけです」
長い沈黙。
そして。
「――合格者、一名。
カリン・R・シルバーハート」




