R と L、失われた名が灯るとき
エレノアは静かな微笑を浮かべながら、流れるような手つきで一つ一つの食器を丁寧に片付けていく。無駄のない所作はまるで舞のようだった。
「この領地はメーア・ウント・ベルゲン王国に属しております。前ヴァト王に拝命し、現トニール国王のご配慮を賜り、領地を預かっております。」
話しの中で、彼はグラスの上に手をかざし、短い言葉を唱えグラスに水が注がれた。
自分たちには、メイドのマリアが優雅に歩み寄り、手首の動き一つで水をグラスに注いでくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます。」
マリアの柔らかな手つきと、優雅な動作は、見ている者を自然と引き込む力があった。
手品かな?ってボケても仕方がないな、ここまできたら魔法と認識するべきだろう。
さすがに口からトランプは出てきまい。
捻くれたい衝動を抑え、素直に考えてみた結論が口から出す。
「ヴィクターさんの手から出ている水は魔法ですか?」とパパタローが尋ねると、ヴィクターは頷いて答えました。
「そうですね。」
「見たところパパタローさんはこちらの国のご出身でではないようですが、お国では魔法は?」
「魔法はないですね。」
科学の話題を出しかけて、思わず口を閉ざした。説明できるほど知識があるわけではない。
「そうですか、魔法は超自然系で精霊の力を借りたりします。」
「精霊もいるんですか!?」
「超自然的な存在で、物には宿っているものなんです。」
「有名な精霊だと地ノーム・水ウンディーネ・風シルフィード・火サラマンダーの四大精霊でしょうか。」
八百万の神々とか、つくも神とかかな?
パパタローの興味が別のところにうつった。
「何か気になることでも?」
「私にもそれ《魔術》を使えますか?」とパパタローが尋ねると、ヴィクターは考え込んでから答えました。「そうですね…」としばらくの間、考え込んだ後で言いました。「魔力が溢れ出てますから、可能性はありますね。ただし、魔力を使うには訓練と理解が必要です。まずは一緒にやってみましょう。」
「いいんですか?」
「もちろんです。では、基礎中の基礎ですね。私に続き、同じ呪文を唱えてください。」
「ウォーターボール」
「ウォーターボール」
パパタローの手がグラスの方へ伸び、短い唱えを始めました。
「うわわ。」
ばしゃーん
「出たというか、びしょ濡れだ。」
ヴィクターは瞬時に防御結界を展開し、周囲の者たちは水の直撃を免れた。
「理解できましたか?」とヴィクターが尋ねると、パパタローはきっぱりと答えました。
「これは、元居た世界なら子どもたちを笑顔にできますね。」とパパタローは大道芸にでも使うイメージなのだろうか、ヴィクターにそう言った。
何やらパパタローの脳内でワールドピースが展開されているようだ。
パパタローの魔力によって、子どもたちが笑顔になり、幸せな世界が広がる可能性を感じたのだ。
それを見てカリンも詠唱してみた。
「ウォーターボール」
……
何も出ない。
あれ?
カリンが不思議がって、"これはどういう原理なんですか?" と尋ねると、ヴィクターは微笑みながら答えました。「エネルギーに術を使うことで、何か生み出すのです。つまり魔力に特定の呪文やエネルギーを使うことによって現実を操作することができるんです。これを自然界のエネルギーを利用するのであれば魔法とか自然界のエネルギーに依存しない魔術といったりします。
ただし、その詳細な原理や仕組みは非常に複雑で、理解するのは難しいのです。魔法は自然と対話する詩、魔術は理で組み上げた論理式のようなものです。心理、道理、倫理、地理、数理、物理とか言うでしょう。」
「確かに、水が集まるイメージを持つことで、物理的にそこに水があるかのように魔力を使うことができます。魔力はイメージや信念にも大きく依存します。そのように考えることで、魔力をより効果的に使うことができるでしょう。的確に詠唱するという方法もあるのですが。」
カリンが試してみたものの、うまくいかない。魔法を使うには、訓練や理解だけでなく、個々人の感性や才能も関与します。失敗は成功への近道であり、王道でもあるのです。練習を積んでいくことで改善されることもあります。諦めずに続けてみることが大切ですよ。
「カリンは頭がいいからな。考え過ぎなんだよ。」
「結局はひらめきだよな。想像力ってやつ? いや、妄想力?」
「言い方変えただけじゃん!私は剣があるからいいわ。しかし、手品って、そうやって練習するんだ…。」
「私はムニンと遊んでる!」
なんだか、理解できていないように見えた。
ん~…。
「どうされました?」
「もしかして。」
「ファイヤーボール」パパタローが唱えると、さっきの水の玉が出て落ちた。
「フェイント技できた…。」
「フェイント?」
「じゃ、これは?」
ミックス!
水玉の中に炎がある物体が現れ、落ちた。
「すごい!」
「もしかして!えいっ」。水と炎が螺旋をかいて現れ、消えた。
掛け声とともに、水と炎が螺旋を描きながら空中に現れたかと思うと、儚くかき消えた。
「何だか疲れますね。」
「そうでしょう。パパタローさん、忠告しておきますが、イメージは安定的にできないと、命を落としかねないですよ。」
「はぁ。」パパタローは理解できないでいた。
「さて、それはさておき……」
ヴィクターは、食後の穏やかな空気の中で静かに口を開いた。
「今後、どうされるおつもりですか。行くあてがないようですが……」
「……はぁ、確かに。急に元の世界に戻れるわけでもないですし……」
パパタローが肩をすくめると、ヴィクターは少し微笑んだ。
「差し出がましいかもしれませんが、当家に住むというのはいかがでしょうか」
「それは名案ですわ! さすが領主様……いえ、旦那様」
カテリーナが満面の笑みで頷いた。
「えっ、いいんですか!?」
パパタローが驚いた声をあげると、カリンは隣でにっこりと笑って答えた。
「私はいいよ! だって、ここ……あったかいもん」
その一言に、ヴィクターは目を細め、そっと頷いた。
「……私の、わがままなのですが」
彼はふと視線を落とし、語り始めた。
「……君たちに、我が姓――“シルバーハート”を名乗っていただけないかと思っております」
「え……?」
一同がヴィクターの発言に驚いていた。
「理由を聞かれれば、正直に申し上げます」
ヴィクターの声は、穏やかだが揺るぎがなかった。
「君たちは、私の息子と娘に……かつてこの屋敷に生きていた家族に、あまりにもよく似ている。
だが、それ以上に……この家の空気が、君たちを拒まなかった。
屋敷の霊気、使用人たち、そして私自身の心、すべてが、君たちを家族として受け入れてしまったのです」
パパタローとカリンは顔を見合わせた。
「……私たちが……シルバーハート……?」
「私の直感かもしれません。ですが、この屋敷は長年の時を超えてきました。
その中で出会った“縁”が、どれほどの重みを持つか、私は身をもって知っております」
その言葉に、周囲のメイドたち――リディア、カテリーナをはじめとする十三人の目が潤んだ。
誰かが、嗚咽を漏らした。
「……お、お戻りになった……お二人が……」
リディアは震える声で言った。
「パパタロー様……カリン様……」
カテリーナもまた、涙をぬぐいながら微笑んだ。
「あなた様方は、私たちにとって……かけがえのない灯火なのですわ」
「……ちょ、ちょっと待ってください」
パパタローは手を振った。
「でも、俺たち、本当に何の血縁もないし……どうして、そんなに……」
ヴィクターが答えた。
「……理由を問われても、確かなことは言えません。
だが、こう答えさせてください。――“信じたいから、信じる”。
見ず知らずの者であっても、信じるに足る何かがそこにある。
その想いこそが、“家族”をつなぐ唯一の真実なのではないでしょうか」
カリンはしばし黙った後、小さく呟いた。
「……ずっと前から、ここに来ることが決まってたみたいだね」
「……それでよいのです」
ヴィクターは目を閉じた。
「君たちは、今日から“シルバーハート家の一員”です。
それが、我が家と……この国の未来にとって、最善の選択であると、私は信じています」
そう言ってヴィクターが頭を下げると、メイドたちは涙ぐみながら、深く頭を下げた。
「おかえりなさいませ“若きご当主”と“麗しの姫君”」
リディアの声が震えていた。
「あの……もし、よろしければなのですが……」
パパタローは少しだけ視線を落としながら、けれど真剣な声で言った。
「ミドルネームに……“R”と“L”のイニシャルを、いただいてもよろしいでしょうか」
場に静寂が広がる。
「俺たちは……ラインハルト様やリーナ様とは、違う存在です。でも…皆さんの想いに、少しでも寄り添いたいんです。
ここに迎えていただいた“絆”を、大切にしたくて」
その言葉に、メイドたちが次々と息を呑んだ。
リディアの瞳がうるみ、カテリーナは口元を手で押さえ、堪えきれぬように涙が頬を伝った。
「まさか……ラインハルト、リーナ……」
ヴィクターの声がかすれた。
「……きっと、君たちがここに来ることは、運命だったのでしょう」
彼はそっと目を閉じた。
「それでよいのです」
ヴィクターは静かに歩み寄り、膝をついてパパタローとカリンの前で頭を下げた。
「ようこそ、シルバーハート家へ。君たちは今日から、我が家の灯です」
その瞬間、空気が変わった。
それはまるで、長く閉ざされていた扉が、ようやく開かれたかのような。
「おかえりなさいませ、“若きご当主”と“麗しの姫君”」
リディアの声が震えながらも、しっかりと響いた。
カリンがぽつりと呟いた。
「……この家、ずっと寂しかったんだね……誰かを待ってたみたいだった」
パパタローは、静かに彼女の肩に手を置いた。
この家は、失われたものを抱えて、それでも光を待ち続けていた。
そして今、新たな命が、その灯火を受け継いだ。
それが、パパタローとカリンであることを、誰も、否定しなかった。
リディアは胸元で手を組みしめ、深く頭を垂れる。
「……パパタロー・R・シルバーハート様。カリン・L・シルバーハート様――ようこそ、お帰りなさいませ」




