三つ編み、猫耳、そして小さな秘密の話
パパタローは表情こそ変えずに、頭の中で情報を整理していた。
・従魔ノリシオ
・見慣れない文字
・ゴブリンとかいう存在
・なのに舗装されていない道路と豪邸
・夢を食べる猫(いま獣人化中)
・魔法陣……
エトセトラ、エトセトラ――
(異世界に来ちゃった!!!)
叫びたくなったが、隣には既にこの世界に馴染みきっているカリンがいる。
「え~今さら!?」とか言われそうだ。
せめて心の中だけで叫んでおこう。
(This is another world!!!)
……まぁ、英語で言っても仕方ない。
(容姿が変わったのは……ここの空気か、狐の印の化学反応か。治癒も速いし、もう身体そのものが“こっち仕様”になってるんだろうな……)
この状況で「あえて」異世界人であることを主張する理由も、もうない。
「どうかされましたか、坊っちゃん?」
突然、カテリーナがパパタローの背丈に合わせて身をかがめ、そっと覗き込んできた。
「坊っちゃんって……」
そのとき、彼女の長い髪がふわりと落ち、指先でそれを戻す仕草を見た瞬間――
パパタローの脳内はおっさん化していた。
「考え事でしょう!パパタローはこーやって、ここにシワが、こーんな風に出るの!」
稽古から合流してきたカリンがパパタローの眉間を指でつまんで解説する。
「まぁね、名解説ありがとう。カリンさんっ」
「パパタロー、わかりやすいんだにゃ〜」
ムニンがぴょこんと口を挟む。
アホなことしか考えていなかった事実がバレたら、きっとぶっ飛ばされる。
その後、カテリーナの案内で、カリンとパパタローはそれぞれ着替えを済ませた。
思いがけず獣人化してしまったムニンにも、カテリーナが衣装を着せてくれたらしい。
ただ、どうしてもカリンの視線がムニンの“ある部分”にチラチラと吸い寄せられている。
(……話しかければいいのに)
限界まで視線を投げかけてきたカリンと、ついに目が合ってしまったムニン。
「猫耳? 本物?」
キラッキラに目を輝かせたカリンが、勢いよく身を乗り出してきた。
「にゃー。」
「にゃー?」
ムニンが耳をぴこぴこと動かす。
「かわいいーーーー! いいなぁ〜!」
カリンは耳の動きに悶えていた。
その後、二人は自己紹介をし合い、すっかり打ち解けた様子。
カリンは背丈ぴったりのドレス姿。
少女らしい振る舞いがどこか嬉しそうだった。
「昨日より成長してるね。10歳くらい年食ったかな?」
「一気に8歳も年取ったから、骨がギシギシするのよね。超成長期!」
「この衣装いいでしょ? 昔こんなの着てみたかったんだ〜。カテリーナさんが選んでくれたの!」
「この屋敷、何でもありそうだな」
パパタローはというと、千歳飴が似合いそうなフォーマル服。
写真館にいそうな「ザ・お坊ちゃま」ルックである。
「パパタローは5歳くらいだね。子供の頃って、可愛かったんだ〜」
カリンがニヤニヤしながら言う。
「うっさいわ!」
「ムニンは何歳なの?」
「たしかに気になるね。何歳?」
「さぁ? 17とか? 獣人化しちゃったからにゃ〜。人間年齢で数えるなら、どう答えればいいか……この姿で『無知の知』を究めるには、適切な年齢という『形式』が必要にゃ! 調べておくにゃ!」」
(調べるって何を?どうやって……?)
3人とも、同じ疑問を抱えていた。
「ところで――」
「はい、ところで?」
「カリンの三つ編み、珍しいな」
「こっちじゃ流行ってるんだって。カテリーナさんがクラウスとの稽古前に結ってくれたの」
確かにこの屋敷の女性たちは三つ編み率が高い気がする。
「そうなんだ。なかなか似合ってるよ。しかも、剣技もすごいな。いつの間にあんなに上達したんだ?」
「パパタローが褒めてくれるなんて珍しいじゃん! そうなの、この体になってから、妙に体が動くのよね」
そう言って、カリンは軽やかに合氣道の構えを決めてみせた。
「ところで……」
「2回目の“ところで”だよ。何?」
「言いづらいんだけどさ……」
パパタローは一拍置いて、ぽつりと続けた。
「クラウスさんと……仲良さげだな?」
「っ! はっ……」
カリンが思わず顔を背ける。
その頬が赤くなったのを、パパタローは見逃さなかった。
「何を言ってるのよ! 私は10歳の子供としか見られてないわよ!」
「そうかな? なんかいい感じに見えたけどな〜」
「何でもかんでもすぐにくっつけようとするの、やめなさいよ!」
「いやいや。くっつけようとは言ってない。“仲が良さげ”って言っただけで」
――ブンッ!
カリンの手刀が突如として飛来!
命の危険を察したパパタローが、仰け反ってかわす。
が、バチンッ!
後頭部に何かが激突。
「いってぇええ!!」
振り返ると、カリンが勢いよく首を振った拍子に、太い三つ編みがパパタローの頭を直撃していた。
「言い忘れてたけど……カテリーナさんが言ってたの。『三つ編みはちょっとした武器にもなりますのよ』って。気をつけてね、ふふふ」
見下ろすカリンの笑顔が、ほんの少し怖かった。
「ぶつけてから言うなー!!」
「カリン、わかりやすいにゃぁ〜」 呆れたムニンが、手を後ろで組みながら尻尾をゆらゆらさせ、三人の後方を歩いていた。
――その時、廊下の隅から、カテリーナが静かに現れた。
「カリンさん、見事な一撃でしたわ! 三つ編みの質量と遠心力の計算、完璧です! さすがでございます」
「カテリーナさん、わざとですよね!?」
「まぁ、まさか。武器になるのは『小さな秘密』でございますわよ」
カテリーナは優雅に微笑むと、再び廊下の闇の中へと姿を消した。
呆れたムニンが、手を後ろで組みながら尻尾をゆらゆらさせ、三人の後方を歩いていた。
「どーやって動いてるんだろう〜」
――え?
その一言にパパタローは耳を疑う。
(いや、壁を歩く猫耳獣人なんて、日本でも異世界でも滅多にいねーだろ! お前……ムニンのこと……“コスプレイヤー”だと思ってるんじゃ……?)
――やはり、カリンは、目の前の現実をすべて「そういうもの」として受け入れてしまう、ある種の「無知の達人」なのかもしれない。




